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2010年6月

[No.179-2]確実な一品

No.179-2

「気になるやろ?」
「そりゃ・・・ねぇ・・・」

骨董品?・・・それとも美術品とかだろうか。
どんどん妄想が膨らんで行く。

「それね、人から貰ったんよ」
「えっ!タダだったの?」

その人も太っ腹だと思う。
そんな一品を惜しげもなく、あげてしまうなんて。

(・・・ん?何か楽しそうな顔だな)

さっきまでの顔に“楽しさ”が加わったように見える。

「もしかして、からかわれてる?」
「なんで?」
「そんなすごい一品、タダで貰えるわけないだろう」

冷静に考えればそうだ。
歴史的価値のある一品を手にすることは、たやすいことではない。

「それ妄想やん」
「うち、確実な一品としか言ってへんし」

(ハッ!そうだった・・・)

いつしか匠の技だとか、歴史的価値がどうとか決め付けていた。

「一体何なんだよ・・・その一品って?」

一気に結論に向かった。

「ずいぶん、“苦労”と言う代償を払ったけどな」
「手に入れたねん、“幸せ”と言う一品を」

その眼差しは僕に向けられているような気がした。

(No.179完)

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[No.179-1]確実な一品

No.179-1

「何かあった?」

里美(さとみ)を見てると、つい聞いてみたくなった。
もちろん、良い意味でだ。

「なんで?」
「なんか・・・幸せそうに見えるけど?」

お互い疑問符が付く会話が続いた。

最近、里美の表情が明るくなった。
直接的な意味ではない。
全体的に雰囲気が変わった・・・と言った方が良い。

「いいこと、あったんよ」
「いいこと?」

良いことなら、聞いても差し支えないだろう。
いや・・・むしろ聞くべきだ。

「聞きたいなぁ」

里美が楽しそうにしゃべり始めた。
話を要約すると、最近、何かを手に入れたらしい。

「その代償は大きかったけどな」

(代償・・・?)

相当、高価なものらしい。
そうなると価格も気になるが、そもそも何を手に入れたか・・・だ。

「それって・・・」
「確実な一品!ってとこやね」
「確実な・・・ねぇ・・・」

匠の技が生かされた、とんでもない一品を想像してしまう。

(No.179-2へ続く)

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[No.178-2]夏の始まり

No.178-2

「もぉ!答え分かってたんでしょ」
「ごめん、ごめん!面白すぎて答え言いそびれた」

最初の悲鳴は、足がつったものではない。
それは説明されなくても分かる。

「結局、何なのよ?」
「だ・か・ら、海に足を入れてみて・・・」
「・・・って、足が言ってたもんね」
「こらぁ!」

しかし、いざ入れてみろと言われると何だか緊張する。
もしかして、クラゲでも居たのだろうか・・・。
恐る恐る海に近付き、足を入れようとした

「そんなんじゃ、悲鳴は出ないよ」

友人がそう言うと、私を軽く突き飛ばした。

「ギャャアァー!」

突然押され、この世のものとは思えない悲鳴が出てしまった。
それから、つんのめるかのように二、三歩前に歩いた。

「キャッ!」
「それよ、それ!」

友人が満足そうな顔をする。
押されて意思に反して、足が海に入ってしまった。

「案外、冷たいでしょ?」

波が静かに引いて行く。
夏の1ページは、こんなたわいもないシーンから始まった。

(No.178完)

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[No.178-1]夏の始まり

No.178-1

「キャッ!」

とても短いけど、甲高い声がした。

「何か踏んづけた?」

悲鳴だと言うのに、やけに冷静に話し掛けてしまった。
そんな大変なことが起こる場所に居ないからだ。

「いやに冷静ね!」
「だってそんなに人も居ないし」

夏本番を前にして、海にはまだ人影もまばらだった。
こんな場所じゃ、ハプニングもたかが知れている。

「何か踏んだわけじゃないよ」

ようやくさっきの答えが戻って来た。

「じゃ、何があったのよ」

友人が無言で片足を上げ、海の方をチョンチョンと、“足”さした。
私の認識力が凄いのか、友人の表現力が凄いのか・・・。
どうやら「海に足を入れろ」と言ってるらしい。

(しばらく、付き合ってみよう・・・)

なんともゼスチャーゲームのようで面白い。
わざと分からない振りをして、友人の反応を見た。
だんだんと“足”さすことに、力が入りだしている。

「ギャアァ!」

友人が再び悲鳴を上げ、その場に倒れこんだ。
運良く砂浜がクッション代わりになった。

「足つったぁ!」

ゼスチャーゲームが終了した。

(No.178-2へ続く)

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ホタル通信 No.028

小説の舞台裏やエピソード、作者の想いを紹介します。

小説名:No.46 誰にも染まらずに
実話度:★★★★☆(80%)
語り手:女性

最後のハガキの一節は創作になりますが、小説に登場する私の姿はほぼ事実です。

「誰にも染まらずに」と言う言葉自体は、ごく一般的な表現ですが単純にそのままの意味ではありません。
レベッカの「Virginity(ヴァージニティー)」という歌の歌詞に「誰にも・・・」のフレーズが登場します。
歌詞の中には、「君(女性)」と「君」と呼んでいる恐らく男性が登場しています。その男性が歌の中で「誰にも染まらずに自由に飛んで行けよ」と・・・
歌詞全体もそうですが、特にこの部分に思い入れがあり、タイトルに決定しました。

現実の「君(私)」も歌詞と同じように「誰にも染まらなくていい」と、言葉こそなかったけど、そんなことを感じさせる人が居ました。
男性に依存することで、生き抜いてきた。それは異性からも同性からも理解させず、私の生きる場所はどこにもありませんでした。

現実の彼は、私の自立を促してくれました。けど、そう簡単に変われないのも現実でした。彼と言っても付き合っているわけでもない微妙な関係の男性です。
「助けてくれるなら、誰でもいい・・・」私のこの発言を機にふたりの関係は遠のいて行ったような気がします。
彼が最後に言ってくれました。「誰にも染まらずに生きて行って欲しい」と。その“誰にも”の中には“彼”も含まれていました。

ラストシーンはそんな彼の言葉を代弁する形で創作してみました。
白紙のハガキ、ふたりの距離・・・
初期の作品に見られがちな重いムードの話ですが、こんな話の時こそ、一種の応援歌として書かせて頂いてます。
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[No.177-2]時の引換券

No.177-2

『・・・あかつき・・・』

祖父母が住んでいた長崎へ向かう列車の名前だった。

中学にあがる前までは頻繁に長崎へ連れらて行った。
それが卒業を機に足が遠のいた。
両親のせいでもない・・・誰がどうした、ということでもない。
でも、自然な流れと言ってしまえば、それまでになってしまう。。

誰にも責められたりしないのに、妙に言い訳したくなる。

『色々な意味で時代の流れなんでしょうね』

確かに大幅に時間は短縮された。
一晩掛けて辿り着いていた場所は、今や数時間あれば足りる。
けど、その時に失われたものも多いはずだ。
時間と引き換えに手にしたものは・・・そんなに多くない。

『今は予約が取り難いそうですね』

子供にとって列車の旅は案外きつい。
環境と心境が重なって、寝苦しかったことを特に覚えている。
子供心に寝台車を楽しむ余裕などなかった。

『夜行列車が昔のように増えるといいですね』

時間と引き換えに何かを取り戻したい。
そんな想いで人は再び切符を手にするのだろうか。

(No.177完)

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[No.177-1]時の引換券

No.177-1

『・・・想い出がある名前はありますか?』

ラジオを付けた瞬間、気になる話が飛び込んできた。
どんな前振りがあったのかは分からない。

『それでは今からいくつか名前を紹介します』

どうやら話は続いているらしい。
ただ、依然として話の流れは不明だ。
これから紹介される名前に期待することにした。

『・・・北陸・・・能登・・・』

地名と思われる名前が続く。

(観光地かな?)

『・・・カシオペア・・・北斗星・・・』

(・・・そうか!)

一瞬、星の関係かと思った。
でも、このふたつの名前が続けば多分あれしかない。
予想通り、ほどなくして、それが列車の名前だと分かった。
話の源流は、夜行列車にまつわる想い出らしい。
それなら全てが繋がる。
それに、言われた通り、想い出がある名前もあった。

(No.177-2へ続く)

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[No.176-2]あなたのマネ

No.176-2

数日前、大雨が降った・・・その時のメールだった。

「読んでみてよ」

菜緒にメールを見せる。

「雨の日は気分が乗りませんぜ・・・・」
「続きも読んで」
「・・・早く、晴れたらいいですな」

訛りや方言と言うより、時代劇調と言えば良いのだろうか。
けど、菜緒にそんな趣味があったとは聞いていない。

「これって、何の影響だよ?」

少なくとも、内から湧いてきたものではないだろう。
それに、どこかで聞いたのではなく“目にした”ような気がする。

「・・・なんやろか」

隠している様子はない。
知らず知らずの内に、使っているようだった。
本当に知らないなら、興味本位で聞くのは止めた方がいいだろう。

「いいよ・・・謎は謎のままで」
「せやかて、うちも不思議やわ」

こういったことは、ひょんなことから解決するものだ。
菜緒もまだ自分自身で納得していない顔をしている。
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「じゃ、せいじゅうろうに聞けば?」
「せやった!」

菜緒の一人芝居が始まった。

「その答えは謎ですな」

お前か・・・・犯人は・・・・。

(No.176完)

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[No.176-1]あなたのマネ

No.176-1 [No.07-1]せいじゅうろう

いつだったろうか・・・あることに気付いた。

「菜緒・・・最近、変じゃない?」
「最近じゃなくても、もともと変やけど」

こうも正面切って言われると、逆にこちらが口ごもってしまう。

「いや・・・その“変”じゃなくて・・・」
「じゃ、どの“へん”なんやろか」

誤解を広げないためにも、一から説明することにした。

「話し方、変じゃない?」
「話し方?」
「うん、特に文字にしたら・・・メールとか」

文字になった時、独特の訛(なま)りが出ている。

「うち、そんなに訛ってはる?」

菜緒が大阪弁と言うか関西弁なのは承知している。
最近どころか、知り合ってからずっとそうだからだ。
けど、いつの頃からか、それとは違う訛りが出てくるようになった。

「訛りじゃなくて、なんて言ったらいいのかな」

訛り・・・方言・・・なにかしっくりこない。
極端に言えば、日本語的にアウトのような言葉もあった。

「そうだ!メール、メール・・・・」

数日前に菜緒から送られてきたメールを探した。

「あったぁ!語尾をよく見て」

改めて見ると、確かに独特の表現になっているのが分かる。

(No.176-2へ続く)

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ホタル通信 No.027

小説の舞台裏やエピソード、作者の想いを紹介します。

小説名:No.142 人は変われる
実話度:★★☆☆☆(40%)
語り手:男性

この話は、変わろうとしている直(ナオ)を見ていた“僕ら”が逆に変われた、という話ですが、もう少し深い所に真相があります。

案外、自分を自分で変えることは難しいことだと感じています。

懸命に変わろうとしている彼女に“前と変わらない・・・”水を差すような僕の言葉です。ウソのひとつでもあれば、それはそれで良かったのかもしれません
話が前後しますが、実話度は結果的に、“僕が変われた”と言う事実とその他の創作から導き出しました。

いきなり結論めいたことを言えば、自分を変える、変えてくれるのは自分以外の存在だと思います。
そして、そんな自分も、また誰かを変えて行くのです。その繰り返しで「人は変われる」のだと
そして、変われた私はこうしてブログ小説を書くようになりました。

以前も紹介したことがありますが、結局、この話も出逢いが原点にあります。そう考えると出逢いは、化学反応のように様々な変化を遂げ、様々な副産物を生みます。
そこからまた、新しいストーリーが始まって行くのだとも思います。
この話の直(ナオ)も「愛=菜緒」の物語です。
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[No.175-2]ポストの前で

No.175-2

「それで、どうしたのよ?」

近くの学校に事情を話して、らしき女の子を探してもらった。
でも、該当する子は居なかった。

「100%、その学校とも断言できないしね」

拾得物として警察に預けようとも考えた。
ただ、預けた所で落とし主が現れることはない。

「だから・・・どうしていいか困ってる」
「開けてみたら?」
「ちょっと!それはできないよ」

確かに中を見れば、手がかりを見つけられる可能性はある。
そうしようかと、考えなかったわけでもない。

「その子が自分で入れても相手には届かないよ」

私の手に渡ったことは幸か不幸か・・・決断した。

それから数日後、奇跡的にその手紙の落ち着き先が判明した。
手紙は入院中の友達に宛てて書かれたものだった。
運良く中に病院名が書いてあった。
どうやら例の女の子は同じ病室に居た子らしい。

「直接言えば良かったのにね」
「言えないことだってあるでしょ?」
「・・・それで、手紙に託したわけか・・・」

本当は手渡しするつもりでいたのだろう。

「それはそれで、恥ずかしかった・・・ということね」

そんなものだから、ついそのまま出してしまったようだった。

(No.175完)

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[No.175-1]ポストの前で

No.175-1

通勤路に郵便ポストがひとつ立っている。
何の変哲もない、どこにでもある赤いポストだ。
そのポストの前で、ちょっとした事件に巻き込まれた。
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「事件・・・?尋常じゃないわね」
「ゴメン!大袈裟すぎた・・・ハプニングよ」

そのポストは小学校のすぐ近くにある。
そのためか、度々手紙を入れようとしている小学生達に出逢う。

「それ、低学年の子でしょ?」

事件・・・言葉の影響だろうか、友人が妙な推理を始めた。
しかし、ハズレていないところが、ちょっとくやしい。

「まだ、携帯は早いだろうし」
「で、事件・・・じゃなくて、そのハプニングってなに?」

一人の女の子が手紙を入れようとしていた。
けど、小さい彼女にとってはそれは難関だった。

「それで、代わりに入れてあげることにしたの」

手紙を受け取ると、その子はお礼を言って去って行った。

「いい話じゃない・・・どこにハプニングが?」
「何気なく手紙を見たらね・・・」
「うんうん」

友人が明らかに食い付いている。

「受取り人の名前以外、何も書かれてないの」
「それじゃ、届かないじゃん!」

それどころか、差出人に戻ることもない。
結局、ポストに入れられず、途方に暮れた。

(No.175-2へ続く)

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[No.174-2]心地よい

No.174-2

「前の続きなんだけどさ」

好き嫌いの話をした時に、言い忘れたことがあった。

「カルピスは好きだよ」

マヨネーズの原理で行けば、牛乳を連想させるには十分だ。
前とは矛盾する話をあえてした。

「でも、豆乳は苦手だな」
「どうして?」
「だって、牛乳を連想させるだろ?」

もはや矛盾のレベルではない。
単なるワガママにも近いと、自分でも感じる。

「それ、分かる」

嘘の話ではないが、かなり大暴投の話をしたつもりだ。
それを見事にキャッチした。
そんなものだから、馬が合うというより、もっと違う感じを受ける。
驚きもあるが、妙にしっくりくる。

それにしっかり、自分の話もしてくれる。
それがあるから、相槌のために適当に発言したとは思えない。

「そう言えば、干しぶどうもダメだな」
「それ、分かる・・・味じゃなくて、歯ごたえでしょ?」

結衣(ゆい)の言う通り“クチュ”とする、あの食感が苦手だ。

「こんなことばかり言ってる、俺って変かな?」
「そ・れ・も、分かってるよ」

私も同じだから・・・そんな表情が何とも心地よい。

(No.174完)

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[No.174-1]心地よい

No.174-1

「それ、分かる」

結衣(ゆい)から、度々発せられる言葉だ。
別に口癖を指摘したいわけではない

「私もね・・・・」

僕の話に同調してくれて、妙に気が合う部分が多い。
ただ、俗に言う“馬が合う”とはちょっと違う気がする。
それに、単に会話上手なわけでもない。

ある時、食べ物の好き嫌いの話をしたことがあった。

「牛乳とかチーズとか、とにかく乳製品がダメなんだ」
「じゃあ、ピザとかも?」

もちろん、“チーズべっとり”のピザは論外だ。
それに、そのイメ-ジは困った問題を引き起こす。

「チーズ抜きのピザがあってね」
「それなら、大丈夫でしょ?」

結衣が割り込むように、すかさず応えた。

「ピザの上にマヨネーズが掛けてあって・・・」
「それもダメなわけ?」

もちろんマヨネーズは嫌いじゃない、むしろ好きだ。
けど、生地と共に焼かれると、何となくチーズっぽくなる。
そう思い込むと、もはやそれはチーズ以外の何物でもない。

「変だとは思うけど、そうなんだよね」
「それ、分かる」
「私もね、同じような食べ物があるの」

最初は僕に気を遣ってくれているのかとも思った。
話を合わせてくれているのだと・・・。

(No.174-2へ続く)

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ホタル通信 No.026

小説の舞台裏やエピソード、作者の想いを紹介します。

小説名:No.98 小さな巨人
実話度:★★★☆☆(60%)
語り手:女性

大人になって気付くこと。それはメンタルな部分だけでなく、物の存在感、存在価値・・・そんな話です。

場所は長崎県佐世保市のさらに奥地です。小さな頃に住んでいたのではなく、祖父母の家がそこにありました。
中学に上がる前までは、祖父母宅で夏休みを過ごすのが常でしたが、それを過ぎると急にふるさとが遠のきました。
そのせいもあり、私の実体験の中での鳥居はとてもスケールの大きい存在でした。

ある時、祖父母宅へ行く用事があり、そのついでもあって神社を訪れました
小説の通り、厳かな雰囲気は昔のままでした。やや、うっそうとした境内はそのせいもあり、夏だというのにヒンヤリしていました。
久しぶり目にした鳥居は、建て替えたのかと思うほど背が低く、それこそ、手を伸ばせば天辺まで手が届きそうな勢いでした。

当時はまさしく空に向かって石を投げているようでした。
投げても投げても、石は乗らない。でも、逆にそれが存在感を強くし、やがてその反動が落胆に変わりました。
話を戻せば、願い事のくだりは今となっては定かではありません。
言い伝えとして聞いた訳ではなく、気付けば石を投げていた・・・というのが真相です

小さい頃は、いくらでも願い事があったのに、石は乗らない。逆に大人になったら石を乗せることができるのに、今度は願い事が見つからない・・・切ない雰囲気で話を進めました。
ラスト付近は創作です。偶然落ちてきた石、そしてそれを手にした時、フッとあの時の光景が蘇る・・・そんなワンシーンを描いてみました。
Futta2019m
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[No.173-2]イバラの道

No.173-2

尚子に話したのは、自分でもまだ迷っている証拠だ。
そうでなければ、もう突っ走っている。

「・・・少し向き合ってみる」

向き合うのは誰でもない・・・自分自身にだ。
彼に対する今の気持ちに、嘘はない。
ただ、そんな時こそ、冷静になる必要もある。

「そうだね、気持ち全てが嘘だってこともある」

嘘がないのではなく、全てが嘘だとしたら・・・。
私が私自身に騙されているとしたら・・・。

「ねぇ、いばらの道、進んだらどうなるのかな」
「経験がないから、分からないけど・・・」

前置きをしながらも、自分の想いを語ってくれた。
いばらの道・・・。
その道を行けば“勇者”と褒め称えられる。
けど、陰では“愚か者”と失笑をかう。

「あーあぁ・・・八方ふさがり!って感じだよ」

投げやりな気持ちではない。
行き場を失い、その場にしゃがみ込んでしまったような気分だ。

「あっ!痛い・・・」

どうやら、座り込んだ道にも、多少なりともトゲがあったようだ。
人生と言う道はどの道も少なからず、いばらの道なんだ。

(No.173完)

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[No.173-1]イバラの道

No.173-1

目の前に一本の道が続いている。
分かれ道でもないのに、進むのをためらってしまう。
なぜなら、その道は“いばらの道”だからだ。

いばらの道・・・。
その道を行かなければ“賢者”と褒め称えられる。
けど、陰では“臆病者”と失笑をかう。

尚子に今の心の内を話した。

「どうするつもりなの?」
「わかんない・・・」
「それにしても、面倒な人を好きになったわね」

いばらの道を進めば、ただでは済まないことは承知だ。
その名の通り、体よりも心が激しく傷付く。
それに、それは私だけに留まることもないだろう。

「進んじゃいけないって、分かってるんだ」
「だったら、どうして・・・」

だからこそ・・・いばらの道なんだ。
なぜか、人はその道の前に立ってしまう。

いばらの道・・・。
その道を行けばどうなるのだろう・・・。

「本当に進む気じゃないよね?」

尚子が確認するかのように聞いてきた。

(No.173-2へ続く)

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[No.172-2]一瞬の未来

No.172-2

「撮るって・・・未来を?」
「だから、さっきからそう言ってるじゃん」

どうやら冗談ではないらしい。

「いつ、どこでよ?」
「そうね・・・今、ここでもいいけど」

そう言うと、友人がカメラを構える。

「わぁ!いきなりやめてよ」
「冗談よ・・・そうだ!吉田が好きだってさ」
「エッ・・・」
「はい!いただきぃー」

私がたじろいだ表情を見せた時に、シャッターが押された。

「今の、なしだよぉー!」

多分、有り得ない顔をしていたと思う。
いや・・・多分じゃなく、間違いなくそうだ。

「未来どころか、最悪の決定的瞬間じゃない!」
「そう?じゃ、次の写真展に出させてもらうから」

友人は見事、優秀賞を取り、そこで初めてあの時の写真を見た。
予想通り、有り得ない顔をした私が写っていた。
写真でもハッキリ分かるほど、赤ら顔の私が・・・。

受賞のコメントには、一言こう書かれてあった。

『彼女の未来を撮りました』

カメラはその一瞬を撮るのではない。
目の前の出来事から、ほんの一瞬先の未来が撮れるんだ。

(No.172完)

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[No.172-1]一瞬の未来

No.172-1

『未来を“先撮り”するカメラ』

とあるデジカメに付けられたキャッチコピーだった。
先取りと先撮りをかけている。
いわゆる次世代の高性能カメラ・・・ということらしい。

「なんか、いい写真が撮れそうでしょ?」

何か嫌な予感をさせる、友人の弁だ。

「もちろん、腕前があってのことだけどね」
「・・・で、そのカメラがそうなんだ?」
「分かっちゃった?でさぁ・・・・」

分かるも何も、明らかにそのつもりで話題を振ってきている。
確かに、友人の腕前は認める。
ただ、学校の写真部という、ごく限られた範囲での話だ。

(未来を・・・か・・・)

キャッチコピーではなく、それが本当なら・・・つい空想してしまう。
カメラは今まさに、その一瞬を切り取る。
過去でもなく、未来でもない、その一瞬を。

「ねぇ・・・ちょっと聞いてる?」
「ん?なに・・・」
「頭の中、写真に撮ろうか?」

つい空想にふけってしまい、友人の自慢話が耳に入らなかった。

「本当に未来が撮れるカメラ、想像してたんでしょ?」
「えへへ・・・アタリ・・・」
「じゃ、撮ってあげる」
「えっ!」

何を言われたのか、しばらく理解できなかった。

(No.172-2へ続く)

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ホタル通信 No.025

小説の舞台裏やエピソード、作者の想いを紹介します。

小説名:No.116 最高の料理
実話度:★★★☆☆(60%)
語り手:男性

変り種の話の第4弾です。一旦、これで変り種シリーズは終了させていただきますね。

この話の主題は、野菜の切れ端や皮です
世界広しと言えども、これを小説にするのは冬のホタルに他なりません。自身の小説の中でも一際、変わった題材です。ですが、
実話度はそこそこ高めです。

登場する雪那の人物像と話の主題である野菜の切れ端の話はほぼ実話です。であれば、実話度は100%近くになりそうですが
その料理を食べている人は、私ではありません。
食費を抑えるための生活の知恵・・・その知恵は雑誌からの受け売りではなく、経験から来るものでした
しかも、その経験は健康とか余裕から来るものではなく、生きるために、そうせざるを得なかった、というものが実状です。

多感な時期ともなれば、裕福ではないことが、気にならない訳はありません。自分が良くても、他人の好奇な目が、それを許してはくれません。
もともと気が強かった彼女だけに、それらが周囲との衝突のタネになり、高校中退への伏線になってしまいました。

そんな彼女の料理を食べてみたい・・・との想いが小説になったような話です。最高の料理を作ってくれる最高の人は、若くして苦労人でもあるわけです。
雪那は「ホタル通信 No.003」で紹介した“愛”と同一人物であり、せいじゅうろうシリーズに登場する菜緒でもあります。
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[No.171-2]りゅうとりゅうた

No.171-2

たまに実家に帰っても、都合良く、りゅうやりゅうたの姿はない。
爪とぎやトイレが置いあることで間接的に存在を感じる。
そして、しばらくすれば彼らは帰ってくる。

「あれ、どこからか見てるんじゃない?」

まさしく絶妙なタイミングであることが多かった。
それから、体をスリスリしてから、また出掛けて行く。

「一応、あいさつしてるつもりなのかな」

犬と違って、我が道を行くのが彼らだ。
そんな彼らでも、多少、私のことを気遣う所が面白い。

「ほら、けんかしてた時さぁ・・・」
「そうそう!私達が顔を出すと、急に強気になるよね」
「さっきまで『負けてたくせに!』って、言いたくなる」

ある時、実家に帰ると爪とぎやトイレが無くなっていた。
それがどう言う意味か聞くまでもなかった。
知らせがなかったことは特別、気にしてはいない。
気付けば、積み上げられた石が、もうひとつ増えていた。

「それにしても、以前のままにしてるんだ・・・」

テレビと冷蔵庫の上には、何ひとつ物が置かれていない。
整理整頓が行き届いている・・・とは違う。

「彼らのお気に入りの場所だったもんね」

それを意識して、今もそうしてるのだろう。

「なんで、そう言えるのよ?」
「ほら、ここも、あそこも・・・」

戸やドアを少しだけ開ける、そのクセが抜けていないからだ。

(No.171完)

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[No.171-1]りゅうとりゅうた

No.171-1

実家の庭の隅に、小さな石が積み上げられている。
ふたつ、ひっそりと・・・。

「ねぇ、もう何年になるかな・・・」
「どっちから数えて?」

私が高校生の時に、まず“りゅう”が家に来た。
足取りもおぼつかない小さな体に、大きな目が印象的だった。

「りゅうから数えたら、10年は経つのかな」

それから私が実家を離れた後に、“りゅうた”がやって来た。
初対面の頃には、すでに大きな体だった。
でも、どっちも茶トラ猫で、見た目もそっくりだった。

「違い・・・って、覚えてる?」

そっくりとは言え、違いがないわけではない。
りゅうたの方が尻尾がやや短く、白い部分が多い。

「気性はりゅうたの方が激しかったよね?」

訪問客にそれとなく近付き、多少本気で噛み付いていた。

「私にはそれ、無かったんだよね」

初対面の時は甘い声で、じゃれ付いてくるほどだった。
その仕草は、りゅうと見間違えるほどだった。

「何となく分かるんじゃないの?」
「身内なのか、そうじゃないのか、ってね」

確かにそうかもしれない。
事実、今でも特別猫が好きってわけじゃない。
りゅうもりゅうたも家族の一員・・・そんな感じだった。
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(No.171-2へ続く)

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[No.170-2]窓に映る私

No.170-2

「相手が外ばかり見ていたら・・・」
「自分に対して興味が無い、ってことじゃないの?」
「そう思うでしょ?でも違うんだ」

麻貴(まき)が自信満々に答えた。

「まぁ、説明する前に試してみましょうか、女同士だけど」

いつもの店へ向かい、あえて窓際を選んで座った。

「じゃ、私が時々外を見るから」

そう言うと会話の節々で外を見る・・・やはり、良い気はしない。
興味がないのか、話がつまらないのか・・・そんな気持ちになる。

「やっぱり、興味がないように見えるけど」
「そう?じゃ、今度は逆の立場で」

今度は私が外を見るようにした。
(・・・別に・・・どうもしないよね?)
逆の立場になれば、何か分かるような麻貴の口ぶりだった。

「どうだった?」
「これと・・・言って・・・」

ことの真相は随分後になって分かることになった。

「でも・・・どうして私を選んでくれたの?」

付き合いだしてから、丁度、2年が経過する。
例の異業種交流パーティで知り合った男性だ。

「私、外ばかり見てたのに・・・」
「僕に興味が無かったからじゃないだろ?」
「そうだけど・・・どうして分かるの?」

以前、友人と同じようなシチュエーションで試したことを話した。

「あの会場は、特に・・・だったからね」
「えー、なにが?」

彼は外を眺める私を見ていたのではなかった。
窓に映る、私の表情を見ていてくれたんだ。

(No.170完)

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