No.90-2
「まだ、あったんだ・・・」
公園のベンチに腰掛けてみた。
全身が茜色に染まる。
ここから見える夕日は今も色鮮やかなままだ。
「ほんと、変わらないね」
「今度は、どっちが変わんないんだよ」
孝之が少しすねた様な口調で言った。
「ごめん、ごめん」
孝之とここで待ち合わせた。
全然、変わってない孝之に、複雑な心境だった。
「だって、変わってないんだもん」
「成長したんだよ、それでも」
孝之が反論する。
「そうね、老けたんじゃない?」
ジョーク半分、現実半分だ。
「今でも好きだ・・・」
「・・・バカ・・・ね」
変わってないけど、成長はしたようだ
(No.90完)
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No.90-1
この駅を降りれば、あの公園への道に続く。
(何年振りかなぁ・・・)
記憶の中では公園へと続く道を覚えていない。
それなのに足がこの道を覚えていた。
住宅街を避け、土手沿いの道を行く。
少しずつ見覚えがある風景が広がる。
「そぉ、そぉ!」
思わず口に出てしまった。
でも、景色そのものに見覚えがあるんじゃない。
見えるアングルが記憶のパズルに一致する。
(もうすぐね)
押さえられず、一気に公園まで走った。
「全然、変わってない・・・」
期待という風船が急にしぼんだ気がした。
あれも、これも・・・あの頃のままだ。
劇的な変化をどこか期待していたのも確かだった。
それだけに、拍子抜けした感もある。
ただ、時の流れは感じずにはいられない。
(No.90-2へ続く)
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No.89-2
ひとりの女性と知り合いになった。
人目を避ける・・・逢う時はいつもそんな感じだった。
色々、事情がある上での行動だった。
「土日は基本、外出でけへんし」
そうなると当然、逢う場所も限られてきた。
「遠出ができたらいいよな」
「そやね!ブルーメの丘に行きたいんよぉ」
「ブルーメの丘・・・って?」
叶いそうにない話で盛り上がった。
何時に出掛けて、どこで食事をして、着いたら何をしようか・・・。
「ずっと先の話やね、ずっと先の・・・」
そう・・・それでも構わない。
遠出すればするほど、人目を気にしなくても済む。
けど、お互い仕事を抱え、平日を長時間共に過ごすのは難しい。
「まずは軽く、お茶からやね」
彼女の提案が実現されることはなかった。
僕達は、喫茶店にさえ、入ることができなかった。
月日は流れ、僕はひとりで喫茶店いる。
ふたりには遠かった喫茶店・・・いつか、一緒に。
(No.89完)
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No.89-1
ある日、不思議な夢を見た。
・・・目の前に一軒の喫茶店がある。
大勢の客が、出入りしている。
でも、その喫茶店に、僕は入ることができない。
それは、遠い所にあったからだ。
遠すぎて、遠すぎて結局僕は辿り着けなかった。
月日は流れた。
僕は、喫茶店に入ることができるようになった。
「楽しそうじゃないですね?」
他の客から、そう言われた・・・
ここで、目が覚めた。
普段なら、目覚めた瞬間に忘れてしまうことが多い。
それなのに、この夢だけは今でも鮮明に覚えている。
(目の前に喫茶店がある・・・なのに、遠い・・・?)
夢なんて筋書きどころか、理不尽が当たり前だ。
なのに真相を知りたい・・・そんな心境に駆られた。
その真相は、以外に早く解決することになった。
(予知夢だったのかな?)
今、思えば、そうとも言える。
自分が現実に経験することによって・・・。
(No.89-2へ続く)
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No.88-2
「虹?・・・それにしては無色透明ね」
「どうぞ、召し上がってみて下さい」
どうやら、見た目じゃなくて味に秘密があるらしい。
一口飲んでみた。
舌のあちこちを、それが刺激する。
それぞれの場所で、様々な味を感じる。
「わぁ・・・!」
弾けるような感覚に思わず、声が漏れてしまった。
それに、喉を通過する時に、それがまたひとつになる。
虹のマーチ・・・ネーミングの妙を感じる。
(でも・・・)
「どうして、これが私のイメージなんですか?」
「グラスを揺らしてみてください」
言われるままにグラスを揺らしてみる。
「あっ!何層にも分かれている・・・」
一見、透明に見える層が、何層も重ねられている。
ひとつ、ふたつ・・・むっつ・・・ななつ・・・。
「動きださないと見えないもの・・・」
カウンターの向こうで、静かに語りかけてくる。
「それを応援してくれるのが、虹のマーチなのね?」
そう・・・私は恋をしている。
(No.88完)
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No.88-1
「私に似合うカクテルある?」
ほろ酔い気分に任せた軽いジョークのつもりだった。
カウンターで交わされる女性客とバーテンダーの会話。
ドラマで見たことがあるその光景。
ちょっと憧れもあった。
「えぇ、ご用意できますよ」
その言葉にひとつの迷いも感じられない。
(でも・・・大丈夫なのかな?)
ここに来てから、一言もしゃべっていない。
私に関する情報は、見た目と雰囲気だけだ。
何を根拠にするんだろうか?
「心配ですか?」
逆に向こうから声を掛けられてしまった。
「そんなつもりじゃ・・・」
「いいんですよ」
やさしい表情のまま、作り始め、ほどなく完成した。
「どうぞ・・・」
差し出されたカクテルは、透明に近い。
カクテルが持つ色鮮やかなイメージと、かなりのギャップがある。
「このカクテルの名前は?」
まずは、これから聞くべきだろう。
「“虹のマーチ”でございます」
(No.88-2へ続く)
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No.87-2
「読み終わったら、また持ってくるからね」
彼女の声が弾んでいるのが分かる。
あれ以来、僕は小説が好きになった。
「それが好きになった理由?」
結衣がサラリと聞いてくる。
昔々の彼女との話だ・・・隠す必要はない。
「そう、彼女の影響だよ」
「・・・なんかあるでしょ?」
嘘じゃない。
彼女から本を借りて読んでいるうちに好きになった。
ただ・・・。
「なんとなく・・・想像つくわよ」
数日後に、結衣から一冊の本を手渡された。
「多分、こういうことでしょ」
僕は急いで、最後のページをめくった。
結衣の感想がビッシリ書かれている。
「感想の感想を求めてたんでしょ、彼女は?」
彼女の感想が面白かった。
だから・・・本編を熱心に読むようになった。
(No.87完)
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No.87-1
ことの始まりは単純だ。
単純すぎると、逆にその説明に困ることさえある。
学生の頃、よく読んでいた小説があった。
小説が好きだったわけじゃない。
その作家が好きだったわけでもない。
「これ、読んでみて!」
当時、付き合っていた彼女から、一冊の本を手渡された。
僕でさえ知っている有名な作家だ。
「・・・小説は、あまり好き・・・」
「じゃ、感想よろしくぅ!」
「おい、おい・・・」
反論を許さない勢いで、言葉をさえぎられた。
それに、足早に去っても行った。
小説は好きじゃない。
それは薄々気付いていたはずだ。
その作家の話が出ても会話が弾まなかった。
弾ませようともしなかったし・・・。
大袈裟だけど、少し途方に暮れた気分だ。
手にした本がやけに重く感じる。
(No.87-2へ続く)
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No.86-2
私は決して、恋多き女じゃない。
だから、そう思える人に出逢えていないのかもしれない。
「まぁ、そのうち、巡り合うんじゃない?」
友人にしては、のん気と言うか、余裕と言うか・・・。
(それよりも・・・)
今、付き合っている人は・・・違うらしい。
「ドラマのようには、行かないよ」
友人に、軽く反論した。
ドラマでは、出逢うまでの過程も見せる。
その演出があってこそ、運命と言う言葉が引き立つ。
現実の世界では、そこまで分からない。
「けど、何か引っ掛かるんだよね」
気になっていることを口にした。
超自然的な力・・・どうしても、そうとは思えない。
「本当はね、巡り合わせなんて、どうでもいいのよ」
さっきの発言を覆すような友人の発言だ。
「どう言うこと?」
「運命の人に巡り合うんじゃない・・・
本気で好きになったら、運命の人に変わるのよ」
運命の人、運命の出逢い・・・。
最初は、ただの人、ただの出逢いから始まる。
(No.86完)
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No.86-1
ぼんやりと、文字を打ち込む・・・う・ん・め・い・・・。
『超自然的な力に支配され、人の上に訪れる巡り合せ』
辞書ほどではないけど、意味は分かっていたつもりだ。
それでも、あえて調べてみようと思った。
案外、重々しい。
運命の出逢い・・・。
決して聞き慣れない言葉じゃない。
むしろ、頻繁に使われている気がする。
重々しいのは、どんより曇ったイメージではない。
どこか神秘的で、厳格なイメージだ。
だから、日常的に使われることに少し、違和感を覚える。
(それでも何か違う・・・)
「考えごと?」
「あ、うん・・・ねぇ、運命の出逢いって、信じる?」
「いきなり、深い所へ落とすわね」
友人が言うのも無理はない。
女同士なら、朝まで論議が白熱するテーマだ。
「まぁ、そうね・・・信じなくもないけど・・・。
今、付き合っている人が、そうかと言われると・・・ね」
友人の正直な気持ちだ
仮に、そのまま結婚したとしても、そうだとも限らない。
運命の人・・・どの段階でそう思うのだろう。
(No.86-2へ続く)
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No.85-2
確かに何度聴いても“美人”と聞こえる。
ただ、歌詞を見れば、それはすぐに解決した。
「美人の件だけど・・・」
香苗(かなえ)に歌詞を伝えた。
「えーっ!恥ずかしいっ!」
顔が真っ赤になっている。
「聞き間違いは、良くあることだよ」
(一応、フォローしておこう)
香苗じゃなくても、聞き間違いは本当に良くある。
特に歌詞なんて、結構早口だったり、歌い方によっても変わる。
「こんな聞き間違い、あの時以来ね」
香苗が気になるセリフを口にした。
「あの時?」
反射的に聞き返した。
「ねぇ、覚えてる?付き合ったきっかけ」
「香苗が僕のこと好きって・・・」
「バカね・・・」
香苗がクスクス笑いながら、事情を話してくれた。
「えーっ!恥ずかしいっ!」
多分、僕の顔は真っ赤だろう。
聞き間違い・・・時には良いかも知れない。
(No.85完)
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No.85-1
『今日も 美人 余裕なんかない
明日も 美人 繰り返される・・・』
「それ・・・誰の歌?」
香苗(かなえ)が誰かの歌を口ずさんでいる。
初めて聞く歌だ。
「慎吾、知らないの?最近流行って・・・」
香苗が言うには、最近人気が出てきたロックバンドらしい。
でも、自分の趣味じゃないこともあり、全く知らない。
「それにしても、おかしな歌詞だな」
「そう?」
「今日も美人、明日も美人って・・・どうよ?」
歌詞の繋がりが不自然だ。
「それが、いいんじゃない!」
前後の繋がりよりも、一言の重み・・・。
脈略がない方が、メッセージ性が高いのかもしれない。
「美人は美人なりに、苦労してるってことかな」
自分なりに答えを出してみる。
やっぱり、あえて歌にすべきこととは思えない。
それとも、自分の感性が鈍いのだろうか・・・。
「今度、全部聴いてみるよ」
全体を知れば、考え方も変わるかもしれない。
(No.85-2へ続く)
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No.84-2
事故の後、病院まで送ってくれたらしい。
どうやらそれから、恋が始まったようだ。
有り得ない展開じゃない。
「応援はするけど・・・」
「・・・するけど、なに?」
友人が言葉を返す。
「ナイチンゲール症候群ってこと、ないのかな・・・ってね」
「・・・分かってる」
「そっか・・・上手く行くといいね」
「ありがとう。青だから、進むわ・・・私」
恋愛の信号が青に変わった・・・と言いたいのだろう。
それに、きっかけは信号機が作ったとも言える。
「そうね、注意して渡るのよ」
友人と同じように信号機に掛けて、エールを送った。
「うん!意識するよ。だってよく考えたら・・・」
「・・・よく考えたら?」
「青は進めじゃないもの」
(あっ!・・・そうだった)
「進んでも良い・・・そうよね?」
友人がウンウンと、うなずいた。
(No.84完)
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No.84-1
「痛々しいわね・・・」
友人が腕に包帯を巻いている。
「自転車と接触しちゃった」と、軽いノリで連絡があった。
だから、そんな程度だと・・・。
「信号が青になったので渡ろうとしたらね・・・」
「自転車と“ドーン”ってこと?」
友人がウンウンと、うなずく。
「これからは、もっと注意するから」
「そうね。青だからって、油断は禁物よ」
自分自身にも言い聞かせる。
「ところで・・・なに?用事って」
元はと言えば、友人からランチに誘われた。
そんな時は、もれなく相談事が付いてくる。
それが包帯を見てから、少し話がそれてしまった。
「好きな人ができたんだ」
「へぇー、良かったじゃ・・・な・・・い・・・、ん?」
急に、あることが頭の中を駆け巡る。
(えっ!まさかと思うけど・・・)
「そう・・・その、まさかなんだ」
友人が私の表情を読み取って、先に喋った。
(No.84-2へ続く)
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No.83-2
『特徴、そのサン!
意外な所で、それが手に入(はい)ることが多い』
(意外な所で・・・か・・・)
素直に場所のことだろうか?
それとも、相手の意外な所ってことかもしれない。
意外な一面を目にし、好きになってしまう。
それで、恋愛が手に入る・・・とか。
なかなか考えさせられる。
『特徴、そのヨン!
すぐ近くにあるのに、手に入(い)れようとしない』
いつもの通り、やっぱり答えを導けなかった。
「わぁ!こんな所にあったの?」
失くしたピアスの片方が意外な所で見つかった。
(散々、探しても見つからなかったのに・・・)
探し物なんて、そんなものかもしれない。
目と鼻の先に落ちていたりする。
(散々・・・意外な所・・・目と鼻の先・・・!!)
「探し物のことだったんだ!」
でも、それが本当の答えではない。
仲直りしよう・・・麻衣からのメッセージだったんだ。
友情と言う探し物を見つけた。
(No.83完)
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No.83-1
『じゃ、その特徴について書くね』
高校を卒業する前に、卒業文集のようなものを作った。
それぞれ、自分の想いや夢を語った。
時々、読み返して、懐かしむ。
その度に、ある所でページをめくる手が止まる。
親友だった麻衣の記事だ。
『特徴、そのイチ!
その気がある時には、手に入(はい)らない。
特徴、そのニィ!
その気がない時に、手に入(はい)ることがある』
謎掛けのようなことが、淡々と書かれている。
自称“恋多き乙女”の麻衣のことだ。
内容からすると、恋愛関係のような気がする。
(片思いのことかな?)
告白しても、付き合えるとは言えない。
けど、好きでもない人に告白され、付き合うこともある。
いずれにせよ、“その気”とは恋愛感情のことだろう。
(麻衣、どうしてるかな・・・)
麻衣と卒業前に大ゲンカした。
そのせいで、気まずいまま卒業し、連絡が途絶えたままだ。
答えが分からないまま、5年が経過した。
(No.83-2へ続く)
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No.82-2
その子は、周りを気にしながら、ある物を受け取った。
遠くからでも、それが優勝メダルだと分かる。
気付けば、試合に出なかった子がみんな集まっていた。
その子らも、次々にメダルを受け取っていた。
(な、なんで・・・なんでよ!)
子供なりに、激しい怒りが込み上げたことを覚えている。
でも、それはすぐに落胆に変わった。
(どうして・・・どうして、わたしだけ・・・・ないの?)
逃げるようにその場を去った。
本当は、逃げる必要なんかないのに。
(何だろう・・・すごく恥ずかしい)
その場から消えてしまいたい・・・ただその一心だった。
何かの理由で、私が外された。
その理由は・・・?ずっと考えていた。
「大人になったら、そんなことばかりだしね」
昔話に耳を傾けてくれた友人が、笑いながら言った。
社会に出ると、そんなことは日常だった。
何かの理由で選んだり、選ばれなかったり・・・。
それに・・・自分だって同じことをしてる。
選ぶのに、理由なんてない時だってある。
あの日、貰えなかったメダル・・・。
そうじゃない・・・生きる力を貰ったんだ。
(No.82完)
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No.82-1
友人に、子供なりに傷付いた話をした。
小学6年生の時、地域の子供会で球技大会があった。
私はバレーボールに参加した。
そんなに球技は得意じゃない。
だから、補欠でも構わなかったし、むしろ気が楽だった。
結果、私の地区が優勝した。
私は結局、一度も試合に出ることはなかった。
出る気もなかったから、別に気にもしていない。
それに他にも数人、私と同じ女子がいた。
(終った、終った!)
「ねぇ、いっしょにかえろおよー」
友人ではないけど、試合に出なかった子を誘った。
「ご、ごめん・・・ようじがあって・・・」
その子は、足早に去っていった。
何となく、気になり彼女を目で追う。
その子は、校舎の隅の方にいる大人と何か話し始めた。
「あれ?あのひと・・・」
その人は、バレーボールの監督だった。
(なにしてるのかなぁ?・・・)
そう思いながらも帰ろうとした時、状況が一変した。
あの光景を目にしたからだ。
(No.82-2へ続く)
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No.81-2
「物理や科学はさておき・・・」
彼が前置きをしてから切り出した。
「始まりは、自分の中にあるのかもしれないな」
風がなくても、走れば風を感じる。
自分が行動を起こすことで風を生む。
それが全力であるほど、強くなる。
「へぇー、なかなか考えたじゃん」
洒落た答えかもしれない。
走ることを“生き方”の例えにしている。
全力を出す・・・それも、風を生むひとつのエッセンスなんだ。
けど、何か足りない気がする。
(何だろう・・・)
すっきりしないまま、美術館を後にした。
夏の風が心地よい。
「・・・そっか!」
疑問への答えは、風が教えてくれた。
今、私に吹く風は、誰かが起こしてくれた風なんだ。
「ねぇ・・・走るよ!」
ふたりで全力で走った。
今も誰かに風が吹いている。
(No.81完)
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No.81-1
「風って、何処から来るのかな?」
「そうだなぁ・・・ほら、そこに吹き出し口があるよ」
「バカ!」
(まぁ、無理もないか)
何の脈略もなく、しかも室内なら誰だってそう答える。
私としては、自然の風について聞いたつもりだった。
今、私は彼と美術館に居る。
目の前に、髪が乱れた女性が描かれた絵がある。
色調は明るく、表情は楽しげだ。
強い風に髪が乱れながらも、はしゃいでるように見える。
それとも、髪の乱れで何かを表現しているのか・・・。
「さっきはゴメン」
とにかく私の方が悪い・・・素直に謝った。
「いいよ。この絵を見てそう思ったんだろ?」
彼には分かっていたようだ。
大河の源流を探す・・・そんなテレビ番組を見た記憶がある。
極端に言えば、大河は一滴の雪解け水から始まる。
「風も同じなのかな?」
私の問いに、意外に彼の表情は真剣だ。
けど、風の始まりなんて、見たことも聞いたこともない。
「永遠の課題にしよっか?」
「いや・・・そうでもないぞ」
彼に、何やら考えがあるみたいだ。
(No.81-2へ続く)
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No.080-2
『そうかな?』
これを“変”と感じてないらしい。
感性の違いか・・・。
菜緒にとっては、ベストショットなのかもしれない。
「・・・そう見えなくもないか・・・?」
その気で見れば、芸術作品にも見える。
タイトル“暗闇からの目覚め”と言ったところだろうか。
暗闇に生まれた、わずかな光。
場所が場所だけに、少し考えさせられる。
それを表現しようとして、シャッターを切ったのかもしれない。
『ごめん・・・素敵な写真だよ』
『そやろ!直接写メしてるから中身は見てへんけど』
メール作成から直接撮影し、添付しているらしい。
「アバウトというか・・・らしいな」
『ちょっと写メ見てみたら』
返事を送った。
『わぁ、めっちゃへんやん!』
(え!やっぱり・・・だから言ったのに・・・)
『指でレンズを塞いだ・・・とか?』
『ちゃうねん・・・ストラップやわ』
(ストラップ・・・まさか・・・)
『これだよ、せいじゅうろうやねん』

なるほど・・・こいつの背中だったんだ。
(No.080完)
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No.080-1 [No.007-1]せいじゅうろう
『いま、長崎におるねん』
今度はしっかり写真が添付されている。
“写メ”のはずが“メ”になっていることが、よくあったからだ。
(成長したな、菜緒)
写真が数枚、添付されているようだ。
「どれどれ」
早速開いて見る。
「えーっと・・・どこだ、ここ?」
と、その前に言うべきことがある。
「なんだ、これ?」

メールの内容からすると、観光地としても有名な建物だ。
テレビや雑誌で何度か見たことがある。
でも、それらしい建物は何も写っていない。
わずかな青空と何やらピンボケのもの・・・。
暗くてその正体は不明だ。
(まてよ・・・もしかして)
写真の雰囲気では、レンズに指が写りこんだようにも見える。
「でもなぁ・・・撮影した時に気付くはずだよな」
『なぁ、写真変じゃない?』
一応、メールで確認した。
菜緒のことだ・・・何かハプニングの予感がする。
(No.080-2へ続く)
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No.079-2
「ねぇ・・・今日、誘った理由は?」
彩香に誘われた時は、理由を聞かなかった。
ただ、今は聞くしかない。
「女同士で来る時は・・・ね」
「・・・泣きたい時よ。まぁ、ナンパされたい時もかな?」
彩香がクスっと笑った。
後半は彩香の照れ隠しだろう。
理由は検討が付く。
いつも、誰かと来てたんだから。
『・・・寂しく感じるよ・・・』
彩香の言葉を思い返す。
(ちょっと、間違っていたのかな・・・私・・・)
海は空じゃなくて、見る人の心を映す鏡だ。
彩香には、キラキラ輝く海は見えてないんだ。
「どうする・・・泣く?それとも、歌う?食べる?」
「全部ぅぅ!」
彩香から元気な声が返ってきた。
「また、来るね!」
彩香が海に向かって叫んだ。
波の音が一瞬だけ、大きくなった気がした。
(No.079完)
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No.079-1
「海って、不思議ね」
彩香が沈黙を破るかのように、ポツリとつぶやいた。
女ふたりで海を見に来た。
女同士に加え“見に来る”自体が負け組だ。
「いつも来るたびに、感じ方が違うんだもん」
(いつも誰と?・・・まぁ、いいか)
「そりゃね、海だって表情を変えるわよ」
これと言った答えがないまま、口にした。
けど、間違ってはいないはずだ。
海は空を映す鏡のような存在だ。
空が泣けば、海は曇る。
空が笑えば、海は光る。
それに、波を使い、私たちにご機嫌を知らせてくれる。
「今日はどんな感じ?」
彩香に問い掛けた。
「なんだろう・・・寂しく感じるよ」
彩香の表情が冴えない。
「良い天気じゃない!海もキラキラ光ってるよ」
確かに、人影はまばらだ。
そう感じなくもない。
でも、昼間だし、静寂に包まれているわけでもない。
(No.079-2へ続く)
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No.078-2
「ひまわりが凄いね!」
京香の強引さに気を取られ、周りを良く見ていなかった。
確かに、ひまわりが咲き誇っている。
「見て見て!私と同じ背の高さよ!」
京香が一本のひまわりの前で、はしゃぐ。
それは一際、黄色が濃いひまわりだった。
手で触れてみようとした瞬間だった。
急に風がざわめいた。
ひまわりは、僕から目をそらし、そっぽを向いた。
そして、風が止むと、僕と目が合った。
(何だろう?似たようなことが有ったような・・・)
今度は風がそよぐ。
ひまわりが小さく揺れる。
それでも太陽をしっかり見上げている。
「あら?仲がいいのね」
ふたりと一本で、空を見上げた。
(No.078完)
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