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2009年8月

[No.78-1]上を向いて

No.78-1

「ごめん!」
「もー!許してあげないから!」

京香が、そっぽを向いた。
半分本気、半分冗談の態度だ。

「甘いもの、お・・・」
京香と目が合った。
「パフェでしょ、ケーキでしょ、それから、えっーと・・・」
僕が最後までしゃべり終わる前に、伝わっている。

瞳の奥に、甘いものが映っている・・・ように見える。
早く機嫌が直るのも京香らしい。
いつも、この作戦が成功している。

(待てよ・・・)

作戦が成功しているのは、もしかして京香の方?
いつものことだけど、急に疑問に思う。
まぁ、とにかく仲直りできる作戦には間違いない。

「食べ過ぎたよ~」
結局、全ておごらされた。
「ちょっと休憩、休憩っと!」
無理やり公園のベンチに座らされた。

それでも通り過ぎる風が、案外心地よい。

(No.78-2へ続く)

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[No.77-2]ヒーローの格言

No.77-2

なんとか仕事のミスをフォローできた。

「友子、ありがとう」

積極的に手助けしてくれた同僚に感謝した。
そう言えば、何度もピンチの時に助けてもらっている。

「友子って、正義のヒーローみたいね」
「どうして?」
「だって、“ここぞ”って時に、助けてくれるから」
「そうかしら?」

性格が男性的な友子らしい。
恩に着せる訳でもなく、淡々としている。

「まぁ・・・そう言われると悪い気はしないけどね」
友子としては珍しい返事だ。
「私も友子を助けられるぐらいにならなくちゃ!」
「あんたに?無理よ、無理!」
友子が笑いながら、私をイジる。

「でもね・・・」
友子が急に神妙な表情に変わる。

「ヒーローってね、守る人がいないと力が出ないのよ」

偉人よりも、心に残る友子流の格言だった。

(No.77完)

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[No.77-1]ヒーローの格言

No.77-1

愛用するシステム手帳に、格言が書いてある。
1日分のページに1つ、隅に小さく目立たぬように。

「へぇ・・・いい言葉じゃない」
ちょっとした感動した。
でも、他人が聞けば、
「だから格言なの!」と、間違いなく突っ込まれる。

迷った時、落ち込んだ時、言葉が道を示してくれることもある。
明日はどんな言葉が私を待っているのか・・・。
はやる気持をおさえてページをめくる。

ある日、仕事で大きなミスをした。

「気にしない、気にしない」

同僚が声を掛けてくれた。
とは言え、ヘコみ度はかなりのものだ。

今日の格言は奇しくも“失敗から学べ”的な内容だった。
失敗は確かに教訓になる。
けど、避けて通れるもなら、そうしたい。

(気持を切り替えよう・・・)

特に数日間は慎重に仕事を進めた。
悪いことは続くこともある。
ページをめくる手に、意味の無い緊張感が走る。

(No.77-2へ続く)

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[No.76-2]尚、この件は

No.76-2

解決方法は多分、簡単だ。

学習した内容をリセットすれば済む。
ただ、あえてそうしない。

ケータイは少し事情が違う。

“な”と入力するだけで、予測変換の候補にあがる。
それは間違いない。
でも、候補にあがる名前は、ひとつだけだ。
それは、日を追うごとに優先順位が下がって行った。

それでも、ブログ小説の中で、“なお”は生きている。

話の牽引役として、何度となく登場した。
そして、これからもそうだろう。

(なお・・・)

口には出さずに、画面に語りかけた。

『菜緒、この件に関しては・・・』
画面上には、入力を待つカーソルが点滅している。

文章を書く度に、“なお”に出逢う。
そして、打つ手が止まり、想い出す。

(No.76完)

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[No.76-1]尚、この件は

No.76-1

報告書に追われる。

けど、やらないといけない仕事も山積みだ。
報告書は大事だけど、時と場合による。

『・・・が確実です。奈央、この件は・・・』

「あ、間違えた」

『尚、この件は後日・・・』
慌てて修正する。

いつからだろうか。
(・・・とか言いながら、検討は付いている)
“尚”の変換が少し面倒になった。
奈緒、菜緒、奈央・・・尚・・・。
“なお”と読める文字が複数、候補にあがる。

“木を隠すなら森に隠せ”
この意味と同じだ。

“なお”を隠すなら“なお”に隠せ・・・。
昼休みに、せっせとブログの下書きをしていた。
それが結果的に学習されていった。

別に報告書だけでに限ったことではない。

何か文章を書けば、同じように“なお”に出逢う。

(No.76-2へ続く)

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[No.75-2]追いつけない自転車

No.75-2

遠ざかる山下君の背中を見つめる。

(見つめる・・・見つめる?)

ハッと我に返る。
「ちょっと、なにするのよ!」
声はもう届かない。
(まったく、もう!)

“憎めない奴”友達には、こんな言い回しをする。
そう、遠回しに・・・。

「気を取り直そっと」

大きく深呼吸してから、もう一度ペダルに力を込める。
(さぁ、追いつくわよ!)
随分と離れてしまった彼を追いかける。

(見えた!)

彼の背中が近づく。
けど、追いつけそうで追いつけない。
そして、背中を見つめながら、分かり始めてきた。

あの感覚・・・。

「わたし、山田君が好きなんだ」

絶対、追い越して見せる。

(No.75完)

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[No.75-1]追いつけない自転車

No.75-1

こんな経験はないだろうか?

自分の前を走る自転車とスピードがほぼ同じだ。
正確に言えば、自分の方が少し速い。
併走しようとしても、少しずつ距離が縮んでしまう。

(面倒だなぁ・・・追い抜こう)

ペダルに、今よりも力を入れた。
更に距離が縮んで行く・・・けど・・・。

(アレ?・・・おかしいな)

追いつきそうで、意外に追いつけない。
意識しなければ、距離は自然と近づいて行くのに。

何だろう・・・。

これって、何かの感覚に似ている。
自転車をゆっくり漕ぎながら、考えを巡らせる。

「遅れるぞ」
「わぁぁ・・・!」

突然、背中を叩かれた。

「お・さ・き・にぃ~」

クラスメートの山下君が勢いよく、通り過ぎた。

(No.75-2へ続く)

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[No.74-2]シャボン玉

No.74-2

「わぁ!ほら見て!」

シャボン玉でこんなに、はしゃげるなんて思わなかった。
高校生にもなって、ちょっと恥ずかしい気もする。

不規則に色が付いたガラス玉のようだ。

表情を様々に変えながら宙を舞う。
けれど、それはすぐに消えてしまい、静寂が戻る。

「ねぇ、卒業したらどうする?」

今まで聞けなかったこと・・・今なら聞ける気がした。

「考えてないなぁ・・・」

彼を責める気はない、お互い高校生だから・・・。

「ごめん、変なこと聞いて。よし!大きいの作るよ」

その言葉通り、大きなシャボン玉が生まれた。
二人の驚く顔を映しながら、それは夜空を駆け上がった。
「が・ん・ば・れ!」
二人の声が重なった。

「どうした?」
「ほら、シャボン玉・・・」

青空に浮かぶシャボン玉を指さす。
あの日、夜空を駆け上がったシャボン玉は、いつまでも消えなかった。

(No.74完)

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[No.74-1]シャボン玉

No.74-1

頬に何か触れた。

(ん、あれ・・・?)

少し頬が濡れている。
一応、空を見上げて見る。
そこには雲ひとつない青空が広がっていた。

すぐにその疑問は解けた。

目の前をフワフワとシャボン玉が踊る。
それに、子供のはしゃぐ声が近い。
その声を目で追う。

「わぁ・・・!」

ひときわ大きいシャボン玉が横切る。
夏の日差しを受け、みずみずしく七色に輝く。
それが風に乗り、青い空を楽しそうに泳いでいる。

あの日と似た光景だった。

「やだぁ・・・何これ?」

狙いは、流行りのキャラクターグッズだった。
それが小さなピンク色の容器に変わった。

「それシャボン玉だよ」
「・・・ほんとだ」

彼と行った夏祭りのワンシーンだった。

(No.74-2へ続く)

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[No.73-2]Sensitivity

No.73-2

無関心で居られるなら、どんなに楽だろう。

(同情心を恋愛と勘違いしている?)

恋愛なんてそんなものかもしれない。
何かの勘違いから全てが始まる。
もし、それが勘違いでも、もう戻れない。
そんな自分を意外なほど冷静に見ている。

「恵梨って損な性格よね」

(そうでもないよ)

そう軽く反論したくなる。
けど、その気持ちをおさえた。

「辛い想いが損ってこと?」

そんなの一般論過ぎる。

それが別の力に変わることだってある。
いつか、そうなることを信じている。
他人に理解されないことが、全て誤りじゃない。

(そうだ!この気持ちを形にしよう)

以前から、ブログで小説を書こうと考えていた。
それを今、実現しよう。

「へぇー、で・・・その小説の特徴は?」

「悲しい結末がないところだよ」

(No.73完)

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[No.73-1]Sensitivity

No.73-1

他人を感じる、自分よりも・・・。

感受性が敏感であることは、むしろ苦しさを生む。
他人の過去を、まるで自分の過去のように感じてしまう。

「恵梨のは、愛じゃなくて同情だよ」

言われなくても、自分自身が一番良く分かっている。

(何とかしてあげたい・・・)

知らぬ間に同情心は恋心に変わる。

相手を知れば知るほど好きになる。
過去が重ければ重いほど、もっと好きになる。

(話して欲しいの?)

(もう、話さないで欲しいの?)

いつも同じ葛藤が繰り返されてきた。

『そんなの、やさしさじゃないよ』

友人の言葉が突き刺さる。

(分かっている・・・分かっている!)

いつしか彼の過去は自分の過去になっていた。

(No.73-2へ続く)

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[No.72-2]変わりない日々

No.72-2

季節の便りに返事を書く。

『頑張り過ぎるなよ・・・』

在り来たりだけど、健康が第一だ。
今まで通り、体も心も元気な便りが一番いい。

『でも・・・頑張れよ』

忙しい日々を送る彼女にエールを送る。
(頑張り過ぎず、頑張れよ・・・か・・・)
相反する言葉をつなげる。
今まで通り・・・そして、今までとは違う日々・・・。
伝えたい適当な言葉がみつからない。

すぐに彼女から返事が届いた。

私のメールを反復するような内容だった。
ひとつひとつ何かを確認するかのように続いていた。
そして、最後にこう締めくくられていた。

『変わりない日々と変わりある日々を』

変わらないでいて欲しいこと。
変わらなきゃいけないこと・・・。

それはお互いに向けられたセリフだった。

(No.72完)

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[No.72-1]変わりない日々

No.72-1

季節の便りが届いた。

自分もそうだけど、最近はメールでの便りに変わった。
メールだから季節感が無いとか思わない。
それを送り主が感じさせてくれることもある。

夕子はかつての部下だった。

今でも節目には、こうやって便りをくれる。
あえて社内メールを使う。
部下と上司、良い意味で距離間が保てる。

『夏祭り・・・』

その先を読まずとも、楽しさを予感させる書き出しだ。

「そういえば、そろそろか・・・」

祭りは祭りでも、公共の祭りではない。
会社の敷地内でちょっとしたビアガーデンを開く。
これをみんなが夏祭りと呼んでいる。

『もうすぐ資格の取得が出来そうです』

彼女は頑張り屋だ。

キャリアアップのために公私共々、忙しい日々を送る。
メールでも十分にそれが伝わってくる。
知りたい、教えたい・・・二人の想いが交差する。

(No.72-2へ続く)

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[No.71-2]気持ち次第

No.71-2

お土産をあげる対象が恋人とかなら話が違う。

それを何にするか、悩むのは義理以上かもしれない。
ただ、この場合、うれしい悲鳴にも似た感覚だ。
その人を想い、あれこれシミュレーションする。

「その想う時間も、お土産のひとつよね」

美穂が洒落たことを言った。

「そうね、お菓子なら気持ちがサンドされてるわ」
「まぁ、甘すぎないようにね」
「あはは・・・そうするよ」

美穂の一言に思わず、笑ってしまった。

気持ち次第で変わるもの・・・。
他にもいくらだってある。
だけど、そう簡単にいかないのも現実だ。
みんなそれで悩んでいる。

「なんか、どうでもよくなってきた」

(お土産で悩むなんて小さいね、わたし・・・)

「二人で食べない?」

昨日買ってきたお土産を広げた。
買わない選択肢も、あげない選択肢もある。

(No.71完)

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[No.71-1]気持ち次第

No.71-1

同じ行為なのに、気持ち次第で感じ方が変わる。
最近、出張が増え、余計にそれを感じるようになった。

「それって、仕事の話?」

ちょっとした私のグチを、同僚は見逃さない。

「仕事と言えば仕事だけど・・・」
「相変わらず、はっきりしないわね!」

気の強い美穂の前では、誰もが“優柔不断”に見える。
相談したつもりが、気付けば責められている。
そんなことが少なくない。

「それで、その行為って何よ?」
「お土産選びよ・・・」
「お・ど・さ・ん?なんでまた?」

ふざけた中でも、突き放してはいない。。

お土産選びは、義理や面倒と言うよりも苦痛に近い。
まずは人数からターゲットが決まる。
定番商品はハズレはないが、喜ばれ方も薄い。

「確かにそれは言えてるね」

珍しく美穂が同意した。
「じゃ、“気持ち次第”って意味は?」

美穂が核心に迫ろうとしている。

(No.71-2へ続く)

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[No.70-2]素顔のままで

No.70-2

化粧した知美は別人だ。

ただ、世間で言われる“化ける”とは少し違う。
雰囲気が変わると言った方が良いだろう。
以前、撮影した写真を見せてもらった時は正直驚いた。
これだと、街でバッタリ逢ったとしても、多分気付かない。

「これで、ええかな」

前髪をあげて、おでこを出したまま、聞いてきた。
大き目のヘアピンが印象的だ。

「さっきより、マシになったかな」
「マシって、なんやねん!」

知美がワザとすねた素振りを見せる。
多少の意地悪があってもちゃんと会話は成立する。
お互い手の内を承知しているからだ。

「綺麗に撮ってもらえよ」
「うん、ありがとお」

髪型を整え、出掛ける支度を淡々とこなしている。
ただそれだけなのに、なぜか愛らしく映る。

知美は、心に化粧をしない。

それが僕にとって、本当の素顔なんだ。

(No.70完)

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[No.70-1]素顔のままで

No.70-1

「うわぁ!何だよそれ」

おそらく・・・化粧の途中と思う知美が視野に飛び込んできた。

「そんなに、おどろかへんでええやん」
「ごめん、びっくりしたから」

知美は普段、化粧はしていない。
本人は特に意識していないようだけど、素顔で十分イケている。
と言うより、素顔の方がいい。
これを口に出して、意識させるのも悪い。
同性から羨ましがられるだけで済まないこともある。

「化粧なんて珍しいな」
「これから仕事で人と逢うねん」
「それにしても、顔・・・真っ白だね」
(下地なのかな?)
「友達が、これがええねんってゆうから」
「せやけど、うち、化粧品に興味あらへんし」

それにしても、笑える。
真っ白な顔よりも、その顔のままウロウロしていることに・・・だ。
鏡を何度も覗き込んだり、何とも落ち着かない。

「あかん、全然似合わへん!」

「無理しなくてもいいんじゃない?」
「せやかて、撮影の時は化粧させられるんやもん」

(考えてみれば確かにそうだよなぁ・・・)

素顔は僕と逢う時だけのようだ。

(No.70-2へ続く)

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[No.69-2]カウンターパンチ

No.69-2

第1ラウンドは分かりやすい。
公認のカップルか、みんなが知っている片思いの話だ。

「みんなダメになったよね?」

千恵の顔は、少しも残念そうに見えない。

新入社員と言う立場や環境が、何か勘違いを誘う。
スキー場などで、やたら異性が格好良く見えてしまうのと似ている。
環境が変われば、心も変わる。

「そう言えば知ってた?」

第2ラウンドの鐘がなった。
だいたい次は、うわさ話や、“知る人ぞ知る”話の展開だ。

「それで何を?」
千恵の反応を伺う。

「康子ね・・・実は・・・」

千恵の話が延々と続いた。
熱弁には悪いけど、はっきり言って興味はない。
それを察知したのか、千恵が鋭い視線を送ってきた。
最終ラウンドの始まりだ。

「じゃ、そろそろカミングアウトしてもらおうかな!」

「私、伊藤君と付き合ってたよ」
「え!マジ!」
開始早々、見事なカウンターパンチが決まった。

(No.69完)

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[No.69-1]カウンターパンチ

No.69-1

「そうそう!」
「あった、あった!」

さっきから何度となく、この言葉を口にし、聞こえてもくる。
年代を問わず、昔話には花が咲く。

「あれから、10年たったんだ・・・」
冴子の言葉に、急に会話が止まった。
「あれれ・・・テンション下げちゃった?」
冴子が焦っている。
「違うよ。みんなもそう思っただけだよ」 
千恵の言葉に、みんながうなづく。

入社当時のメンバーが研修のために集まった。
こんな機会は滅多にないし、最初で最後になるかもしれない。
その想いと時の流れが何とも感慨深い。

「でも、ちょっと残念よね・・・」
千恵のトーンが下がる。
理由は見当が付く。
今回の研修は、同期の女性社員のみの研修だ。
従って、男性の姿はない。

「伊藤君に逢いたかった?」
「ちょ、ちょっと!」
私の言葉に千恵が過敏に反応する。
同期は性別問わず、仲良くなることが多い。
ただ、千恵の場合、彼を見つめる目が完全に“乙女”だった。

昔話に花が咲くと、その内、恋バナに発展する。
そして“誰と誰が”の話題から、第1ラウンドが始まる。

(No.69-2へ続く)

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[No.68-2]ドキドキ感

No.68-2

(どうしちゃったんだろう・・・)

あの人を見かけなくなってから、1ヶ月が過ぎた。
あれこれ・・・色んなことを考えてしまう。
いつもの時間、いつもの場所には、別の人が立っている。

(そこは、あの人の場所なんだから!)

完全に、八つ当たりしている。

あの人は、結局今でも“あの人”のままだ。
何も進展しなかった。
それどころか、今は唯一のチャンスさえ失っている。
引越しでもしていたら、もう二度と逢えない。

悲しくも、それは現実となった。

卒業を機に、その電車に乗る必要がなくなった。
就職のために、他県へ引っ越すからだ。

(奇跡でも無い限り、もう逢えないね)

待ち続けた三年間・・・。
一方的な片思い・・・。
名前さえ知らない、あの人・・・。

『もしもし・・・今、駅に着いたよ』
友人に帰省を告げた。

想い出す度に、今でも胸がドキドキする。
駅のホームには、そんな人で溢れている。

(No.68完)

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[No.68-1]ドキドキ感

No.68-1

電車が揺れる度に、あの人の背中に触れる。

(大丈夫よね・・・)

車内は多少、混んでいる。
それでも、不自然にならないように、うまく演じてみせた。
微妙な距離は、心のドキドキ感と反比例する。
二人の距離が減って行けば、ドキドキ感は増して行く。

きっかけは、単純だった。

「あ!ご、ごめんなさい」
電車が大きく揺れ、あの人の背中にぶつかった。
「大丈夫か?」
第一印象はちょっと、ぶっきらぼうな感じだった。

同じ時間、同じ車両・・・。
通勤や通学は、だいたいそうなると聞いたことがある。
だから、毎朝、こうやっていられるのかもしれない。
けど、間もなくそれも終わる。
ホームの階段を駆け上る、あの人の姿を見送る。
あの人は共学に通い、私は女子高へ通う。

「早く明日になればいいな」

「ん・・・?何よ急に・・・」
(いけない!つい口に)
駅で待ち合わせていた友人に、変な目で見られた。
「何・・・あの人?」
友人には、以前から話している。

「そろそろ、名前ぐらい聞いたら?」

確かに、いまでも“あの人”と呼んでいる。

(No.68-2へ続く)

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[No.67-2]いつもここから

No.67-2

三年前に、住み慣れたこの街を離れた。

そして、皮肉にも帰省中のこの街で流星群を知った。
世間の恒例行事は、必ずしも自分にとっての恒例ではない。

(無関心って・・・案外怖いことかもね)

『見て!見て!』
『すごい数の流れ星ね』

街を行き交う人の動きが止まり、誘われるのように、空を見上げている。
その行動の意味は分かっている。
けれど、私も空を見上げた。

星の雨に傘は要らない。
そんなロマンティックなセリフが似合う。

流星群が訪れる時、私はここにいる。
そして、こうやって夜空を見上げている。
何だかよく分からないけど、流星群は私に何かを教えてくれた。

『今日は星の雨に濡れて行こうかな』

誰かの洒落たセリフが聞こえてきた。

ペルセウス座流星群の下では、誰もが何かに気付く。

(No.67完)

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