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2009年3月

[No.018-1]無難なお土産

No.018-1

お土産選びは、その人のセンスが問われると思う。
冒険して喜ばれることもあれば、定番過ぎて飽きられていることもある。

「今日も楽しかったね」
「うん!」
麻奈いつもは元気だ。
「あのね、昨日、トークショーに行ってたんよ」
(そう言えば、何かそんなこと言ってたっけ)
「誰の?」
麻奈に聞き返した。

プラネタリウムが好きな麻奈らしい。
その映像や音楽を手がけるクリエーターのトークショーに行ったようだ。
「たまに、話題にしてた人だね?」
麻奈の瞳はキラキラ輝いている。

「それで、これ、お土産なんやけど」
(え?、お土産!)
お土産を選ぶ時は苦痛でも、もらう時は何倍も嬉しい。
(なんだろう・・・)
いつもの大き目のかばんの中から、お土産を取り出した。

「ほい!これ」
(・・・ん?なんだろう・・・)
袋から茶色と白のツートンカラーがチラッと見えた。

(No.018-2へ続く)

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[No.017-2]出逢いの歯車

No.017-2

「歯車?」
「そっ!機械を動かしたりする、アレよ」
ジグソーパズルは一つでもピ-スが欠けると、確かに完成はしないけど、それが何であるか見えている。

歯車を使う機械ならどうだろう。
小さな偶然と言う歯車を噛み合わせながら、出逢いに向かって動き出す。
ただ、一つでも欠けると、それは動かない。
出逢いを、“偶然の積み重ね”と言った沙紀の意見に、私も賛成だ。
でも、一つでも欠けると、出逢いは訪れない。

「それって、シビアね」
沙紀が神妙な顔になる。
「そうね。だから、出逢ったことに感謝しなきゃ」
なんとなく、自分に言っているような気もする。
「歯が欠けたり、外れたり・・・油を差さないといけないことも・・・」
「沙紀にしては、気の利いたこと言うじゃない」

「もしもし・・・」
「・・・ううん、そんなんじゃないけど、あした買い物に付き合ってくれる?」
(沙紀に、アドバイスされたようなものね)
歯車が滑らかに、動き始めた。

(No.017完)
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[No.017-1]出逢いの歯車

No.017-1

「出逢いは、ジグソーパズルみたいなものね」
沙紀は、唐突に私に言い放った。
「なんか意味ありげな発言ね」
最近、彼と上手く行ってないらしい。
「で、その出逢いのナンチャラを聞いた方がいいわけ?」
私は少しイジワルに沙紀をいじってみた。
沙紀は意外なほど、まじめにその意味を語り始めた。

(へぇー、沙紀にしては納得できる話ね)

確かにそうね。
出逢いは、偶然の積み重ねの結果とも言える。
一つでもピースが欠けると、それは完成しない。

「それでね、わたし思うんだけど・・・」
「ジグソーパズルだからこそ、もろくて壊れやすいのかもしれない」
沙紀の表情が一気に曇る。
その先にあるものが、沙紀の言葉から読み取れる。
「好きだから・・・逆に不安なのね?」
小さくうなずく沙紀に、私なりのアドバイスを加えた。

「出逢いは歯車みたいなものよ」

(No.017-2へ続く)

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[No.016-2]空

No.016-2

メールの返事は来ない。
(やっぱり、怒るよね)
別れをも予感させるメールだったかもしれない。今になって少し後悔した。
でも、言葉にしなければ押しつぶされそうな自分がいた。
「わがままなのかな・・・わたし」
ケータイの画面に映る自分は、いつになく元気がない。

『外に出てごらん』

彼からメールがあった。
(えっ!外に?)
『出たよ』
彼にメールを返した。直後に電話が掛かってきた。
「こっちの空は青いよ。そっちはどうだい?」
「うん、こっちも透き通るように青いよ」
不思議な気分だ。電話の向こうの彼と、空で繋がっている。
「あのメール・・・心配掛けてごめんなさい」
私は、素直に謝った。
「いつでも、同じ空の下にいるよ」
彼の言葉が心強い。

「あの角を曲がれば、そこにあなたの住む街がある気がする・・・」
(だから、もう大丈夫だよ)
空の青さは、私をそんな錯覚に誘う。

(No.016完)
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[No.016-1]空

No.016-1

彼との遠距離恋愛が始まってから1年が過ぎた。

「転勤が決まった」

次のセリフを待ったけど、結局、望むセリフは聞けなかった。
彼と付き合い始めて、もう4年になる。
その一言を切り出せないでいるのは、私それとも彼・・・?
それから、2週間後、彼は大阪から札幌へ旅立った。
見送る私を残して。

初めての遠距離恋愛は、ドラマで見るそれとは違った。
逢えない寂しさ、別れの辛さは、逆に二人の絆を深くした。
それは、逢うことが、ためらわれるくらいに。

『今度、いつ逢えるの?』
いつも複雑な心境でメールを送っている。
『再来週の週末になると思うな』
彼から返信があった。
(再来週か・・・)
うれしい反面、その先を考えると胸が苦しくなる。
逢えば、もっと苦しくなるのが分かっているからだ。

『逢うのが怖い・・・』
正直に彼にメールを送った。

(No.016-2へ続く)

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[No.015-2]せいじゅうろう-菜緒-

No.015-2

『セーラームーンに出てくるんだよ!』
知る人ぞ知る、レアなキャラクターだ。
(きっと、メールの向こうで、直哉は唖然としてるんだろうな・・・ふふふ)

それから、しばらくして、彼と別れることになった。

「あ、やってもうた・・・」
せいじゅうろうをぶら下げていたヒモが切れてしまった。
「どないしよう・・・」
このまま、捨ててしまおうか迷う。
リラックマに飽きたんじゃないけど、外すタイミングを失っていたのは確かだ。
(引き出しに入れておこう)
「せいじゅうろう、ごめんな」
直哉の提案で、お互いのせいじゅうろうを交換した。
目の前にいてはるせいじゅうろうは、直哉が買ったものだ。

「あ、せいじゅうろう・・・」
引越してから、そのままになっていた荷物から懐かしいものが出て来た。
色褪せているけど、表情は昔のままだ。
「わたしのせいじゅうろうは、元気なんかいな?」
目の前のせいじゅうろうに語りかけてみる。
「わて、こんなんやけど、向こうも幸せに暮らしてはるよ」
本当に、そう言っているかのように、せいじゅうろうは色褪せた顔でこちらを見ている。

(No.015完)
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[No.015-1]せいじゅうろう-菜緒-

No.015-1 [No.007-1]せいじゅうろう

(なんか・・・熱っぽいし)
職場に連絡した後、少し横になった。薬のせいもあり、眠気が襲う。

(ん・・・?)
メールの受信音で目が覚めた。
「あやっ!、もうこんな時間!」
(でも、体調はちょっと、回復してるやん)
「そ・れ・よ・り、メール、メール!」

『菜緒ヘ!』
直哉からメールだ。
たった一言のメールに、写メが添付されている。
「なんや?写メなんて珍しいやん」
見覚えのあるキャラクターに、“早く元気になってネ!”とマンガ風の吹き出しが付いている。

「せいじゅうろうやん!」

(直哉も買ったんだ。なかなかやるね、アイツ!)
直哉らしい気遣いに、喜び急いでメールを返してやった。
『あら、こんなところにも、せいじゅうろうがいてはる』
少し、メールのやり取りが続いた。
『・・・で、アニメって、何のアニメなの?』
直哉から返信が来た。

(No.015-2へ続く)

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[No.014-2]ケーキの伝言

No.014-2

「えぇー気になるぅ!その“・・・”ってなに?」
真理子が興味津々に聞いてくる。
「それがね、その部分だけ分からないの」
何度もこの夢を見ている。でも、この部分だけ思い出すことができない。

「秋って、なんで分かったのかな?」
真理子の意見はもっともだ。
(あの状況で、どうして秋と答えることができたのだろう・・・)
「それより、その夢!ストレスでもあるの?」
「どうだろう」
自覚するストレスはない。でも、自覚がないストレスもある。
(疲れてるのかな・・・わたし)
「もう、そんな顔しないでよ」
真理子がその場の雰囲気を察したようだ。

(グー・・・キュルキュル・・・・)

「でも、お腹の虫は元気なようね?」
真理子がクスクス笑う。
「もう、真理子!言わないでよ」
でも、その場の雰囲気が変わった。お腹の虫に救われたみたいだ。

「まぁ、もうすぐお昼だし、そ・れ・に・・・」
「し・ょ・く・よ・く・のあ・・・」
「あぁー!」
二人して同時に気づいた。

(No.014完)
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[No.014-1]ケーキの伝言

No.014-1

悪魔が唐突に“季節を答えろ”と言ってきた。

目隠しをされた。何も見えない。
「さぁ、季節を言え」
(聞き覚えのある、鳥の声が聞こえる)
「今は、春ですね」
今度は耳も塞がれた。
「さぁ、季節を言え」
(嗅いだことがある、甘い花の香りがする)
「これも、春ですね」
今度は鼻も塞がれた。
「さぁ、季節を言え」
(深呼吸してみる、空気がとても冷たい)
「今は、冬ですね」
今度は口も塞がれた。
「さぁ、季節を言え」
(皮膚に刺すような暑さを感じる)
「今は、夏ですね」

今度は、真っ暗な箱に入れられた。
何も見えない、何も聞こえない。何も匂わない。呼吸もできない。皮膚に感じる感覚もない。
「さぁ、季節を言え」
(・・・・・・・・・・・)
「今は秋ですね」

悪魔は、その場から消えてしまった。

(No.014-2へ続く)

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[No.013-2]バナナ入れ

No.013-2

もう何本目だろうか、バナナをバナナ入れに、出し入れしている。
どうやら、どんなバナナでも入ることを証明しているようだ。
『これもいけるやん!』
最後に元気な一言で動画は終わった。

結構、馬鹿馬鹿しいことなのかもしれない。
一つ一つ丁寧に、バナナを扱うその姿は、どこか笑える。
でも、彼女らしい。
そんな所が、誰よりも魅力的に見える。

『えー、うぅん・・・ごほん・・・』
「なんだ?」
再び動画が流れ始めた・・・と言うより、動画がまだ続いていたようだ。
(画面が真っ暗になったので、てっきり終わったのかと・・・)
『えー、ホタルさん、見てはるかな~』
「えぇ!」

『バナナ入れやけど、ほら、他の色もあるねんよ』
そこには赤だの青だの、バナナ入れファミリーが、勢ぞろいしていた。
『ホタルさんには、そやねぇ・・・これやね』
彼女の純粋なユーモアのセンスに、笑いが止まらない。

(No.013完)
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[No.013-1]バナナ入れ

No.013-1

『これもはいりはる・・・これも、わぁ!はいりはるやん』
動画の向こうの彼女は、一つ一つバナナを“バナナ入れ”に入れている。

話の発端は忘れた。
「あれは便利やね!」
愛子から話してくれたのは覚えている。
最近、バナナ入れ?なるグッズを買ったらしい。
「バナナ入れって、バナナ入れ?」
まるで手ごたえがない質問をした。
「そやで」
(質問が通じているし・・・恐るべし・・・)
愛子はそう言って、一枚の写メを見せてくれた。
「もしかして、これが、それ?」
そこには、まさしくバナナの形と色をしたバナナ入れが写っていた。
「アハァハ・・・こ、これは便利そうだね」
ちょっと顔が引きつりそうになる。
「ヤッホ~イ!って、これ使う人少なそうやわ」
愛子は嬉しそうにピースサインを出してきた。
「これは便利に違いないと信じている」

(子供っぽいと言うか・・・でも、元気もらえる)
目の前で、はしゃぐ愛子を見ていると心が和む。

「うちのブログに動画あるから見てや」

(No.013-2へ続く)

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[No.012-2]卒業

No.012-2

高校中退の事実、どうしてもこれが重くのしかかる。
それも、経済的な理由だったから余計に辛い。
「みんなは・・・卒業したんだろうな」
つい声に出てしまった。
でも、それをかき消すかのように、電車の音が響いている。
窓に映った自分の顔が、妙に寂しそうに見えた。

「ねぇ、私の卒業ソングってあるかな?」

窓に映った自分に話しかけてみた。
(その顔は・・・そうよね、やっぱり、無いよね)

「奈美も来ない?」
短い高校時代の唯一の友達から連絡が入った。卒業以来の同窓会の誘いだった。

「ねぇ、奈美の卒業ソングってなに?」
一年前に聞いたセリフと同じだ。
「たくさん、あるよ」
「えっ!たくさん?」
寛子は少しびっくりしたような表情を見せた。
「そ、たくさんあるの」

同窓会のあの日、かつてのクラスメート達が、私のために卒業ソングを歌ってくれた。
自分が想う、それぞれの卒業ソングだ。

私はそれらをつなぎあわせて、その日、卒業した。

(No.012完)
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[No.012-1]卒業

No.012-1

「ねぇ、奈美の卒業ソングってなに?」

毎年、この時期になるとテレビやラジオで、卒業にまつわる特集が始まる。
“卒業ソング”もその一つだ。
ただ、誰もが学生時代を思い出し、懐かしむわけではない。
私もその一人だ。

「私はね・・・ほら、あの歌・・・なんだっけ・・・」
寛子は、なかなか思い出せない自分を楽しんでいるようだ。
「私は、どれも違うかな」
私は少し考える振りをして答えた。
「違う?」
「そ、違うの。まぁ、いいじゃないの、人ぞれぞれなんだしね」
寛子の話をさえぎった。

私にとっての卒業ソング・・・正直、私に当てはまる歌はない。
歌詞がどうとか、メロディーがどうとかではない。
(私ね、高校中退なんだよね)
つい、言ってしまおうか、悩む。
「じゃ、中学とか小学校とか、あるんじゃん」
多分、寛子ならこう聞いてくるだろう。それはそれでめんどくさい。
中学生の頃は、まだ子供だったから、卒業にそれほど深い意味も想いも残していない。
(私にとっての卒業ソング・・・か)
寛子と別れた後、帰路に付く電車の中で、つい考えこんでしまった。

(No.012-2へ続く)

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[No.011-2]記憶と想い出と

No.011-2

彼から一方的に別れを告げられた。
その理由を知りたくて、何度も連絡をした。
でも、それ以来、連絡が途絶えている。
唯一、メールは送信されるものの、見ているかどうかは分からない。
(フィルターがかかっていたら・・・)
彼から返事が来ないことの答えは、幾通りも考えられる。

「最後にもう一度だけメールを送ろう」

1年振りに彼にメールを送った。ほぼ、同時にメールの受信音が鳴る。
(これが彼の答えなのね)
彼とのつながりは、これで完全に途絶えてしまった。

住み慣れた街を離れてから、4年が過ぎた。
相変わらず、日常に忙殺される日々が続いている。
(これで、いいのよ)
辛い想い出も、楽しい想い出も、いずれ記憶に変わっていく。
そして、想い出が記憶に変わった時、初めてそれと向き合うことができる。
あの日、私が出した答えだ。

(No.011完)
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[No.011-1]記憶と想い出と

No.011-1

様々な想い出を残したまま、住み慣れた街を離れた。
あれから2年が過ぎた。

新生活を始めた頃、引越し祝いにも似た、激励のメールと電話が続いた。
数日も経過していないのに、懐かしさが込み上げる。
想い出はいつまでも色褪せない・・・その時は、そう強く感じた。

(私・・・あの街に住んでいたのかな?)
最近、ふと思う。

この街を好きになり、楽しい日々を過ごしているからではない。
逆に、ただなんとなく過ぎていく日常が、そう感じさせる。
「環境の変化が、想い出を希薄にするんじゃない?」
友人の一人がこう話してくれた。哲学的で妙に重みがある。
そうなのかもしれない。
でも、そうなってしまえば想い出は、もはや無機質な“記憶”にすぎない。

(人間関係も同じよね?)
友人に問いかけようと、口に出掛かったセリフを飲み込んだ。
彼との想い出も、記憶になりつつある。

(No.011-2へ続く)

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[No.010-2]二人の足跡

No.010-2

素直になれない私に、彼は最後までやさしかった。
「振向いてごらん」
彼はそう言って、波打ち際を歩く私の足を止めさせた。
(何があるというの?)
「ねぇ・・・何があるのよ」
少し口調が強くなる。

「自分の足跡・・・って残ってるかい?」
寄せては返す波打ち際には、足跡一つも残っていない。
(これって、私の生き方を否定してるのかな)
「違うよ」
私の心を見透かしたように彼は応えた。
足跡は確かに残っていない。でも、今立っているこの場所には、深く足跡が残っている。
ただ、歩き出せば途端に消えてしまう。
「そんな生き方もある」
彼は力強く言い放った。彼は私の過去を少なからず知っている。
だから、そう言ってくれたのかもしれない。

それから、二人で黙って歩いた。
いつしか波はおだやかになり、二人の足跡がいつまでも続いた。
やがて、それは二つに別れ、一つはそのまま真っ直ぐに、もう一つは見守るようにそこで途絶えた。

(うん・・・歩こう!)
もう一度、立ち上がる。あの日から続く足跡の先に、私が居る。

(No.010完)
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[No.010-1]二人の足跡

No.010-1

辛いことがあると、いつもこの海を訪れる。
特に何かをするわけでもなく、ただ、波打ち際を素足で歩く。
足に伝わる独特の感触が心地よい。
だからこそ、前に向かって歩き出す・・・そんな勇気を与えてくれる気がする。

幼い頃の個性は成長するにつれ、単に“気の強い女”と片付けられるようになった。
仕事では男性的な仕事振りが評価されても、女子社員の間では浮いた存在だ。

「静かね・・・」

風のささやきは、潮の香りを感じることで聞こえる。
映画のワンシーンのような水平線は、夕日がなごり惜しそうに私を照らしている。
めまぐるしく変わる波打ち際の表情は、どことなく私に似ている。

「イタッ!」

急いで、足の裏を確認した。何かを踏んだようだ。少し血が滲んでいる。
(なによ!もう・・・あはは)
苛立ちがすぐに、笑いに変わった。
「ちょっとしたトラブルも私らしい・・・のかな」
足に少し痛みが走る。
(少し休もう)
風のささやきは、いつしか肌に感じる冷たさで聞こえる。
半年前に別れた彼と一度だけ、ここに来たことがある。
別れはこの場所でもあった。

(No.010-2へ続く)

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[No.009-2]リグレット

No.009-2

「僕も同じです」
そう言って彼は色褪せた一枚の色紙を見せてくれた。
「あ!これは・・・」
色紙にはさっきの歌詞が書いてある。彼はこの色紙を、露天商から貰ったものだと話してくれた。
話によれば、色々な格言めいた自作の言葉を売っていたらしい。
「この一枚が妙に気になってね。それに・・・」
「それに?」
「これをきっかけに、夢だったミュージシャンを目指したんだよ」
彼は、照れくさそうに話した。
「私ね、ずっと自分にうそをついていたことがあるの」
彼の話に呼応するかのように自分の夢を語った。

「君にあげるよ」
別れ際、彼からあの歌をもらった。どれくらいしてからだろうか、彼をテレビの中で見かけるようになった。

「ココロのしおり」は、大人向けの絵本としては異例のベストセラーを記録した。あの歌詞が私の夢を後押し、人生を変えた。

(なんだろう・・・この感覚・・・)
何となく手にした話題の本に、こころが揺れた。

(私の言葉が、まだ生きているのね)
本をゆっくり閉じた。

(No.009完)
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[No.009-1]リグレット

No.009-1

歌声が夜の街から聞こえてくる。

♪後悔はココロのしおり
  みんなひとつもっている
  別れをひとつ経験したら、あの日の涙は消えていく  
  夢を失くしてしまったら、あの日の別れは消えていく
  だから、みんな一つだけ
  いつまでたっても ひとつだけ・・・

(今日もいるのね・・・)
1ヶ月ぐらい前から毎日、彼を見かける。
いつも足早に通り過ぎるはずの私が、なぜだか今日は足が止まる。
自分の意思とは関係なく、足が動かない。
歌詞が心の奥に染み込んでくるのが分かる。
でも、心地よいのではない。逆に苛立ちさえ覚える。

(これ以上聞きたくない・・・)

それでも、足が動かず、ここから立ち去ることができない。
次第に全身から力が抜けていくのを感じた。
私は、その場に崩れ落ちるように、しゃがみ込んでしまった。
「大丈夫ですか?」
彼は音楽を止め、心配そうに声を掛けてきた。

(No.009-2へ続く)

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[No.008-2]銀河鉄道の夜

No.008-2

(聞くんじゃなかった)
会社の女子社員達はそれは旅行だとか、宝飾品だとか、ここぞとばかりに無責任な発言を繰り返す。
(それって自分達の希望だろ?)
「あ、ありがとう。参考にするよ」
とにかく、この場は退散したほうが良さそうだ。

(あと、2日か)

行きつけのバーで一人グラスを傾けながらも、あせる気持ちがグラスに伝わる。
ここ数日、奈々子との出逢いから今日までを何度も振り返った。
“銀河鉄道の夜”につながるキーワードが隠されていると信じたからだ
様々な二人だけのイベントを想い出す。
(そう言えば、よくケンカもしたよな)
「あの時、奈々子に平手打ち喰らったよな、アハハ」
(おい、おい!今は懐かしんでるときじゃないだろ!)
自分で自分に突っ込みを入れた。

「ご飯、美味しかったね!」
「そうだね」
いつも通りの会話が続く。
「21歳の誕生日おめでとう、奈々子。プレゼントはもう渡したから」
「うん、もらったよ」
それっきり、僕と奈々子は無口になった。気まずいわけではない。
奈々子にプレゼントを渡すことができたからだ。
奈々子もそれに気付いてくれた。

(No.008完)
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[No.008-1]銀河鉄道の夜

No.008-1

「誕生日のプレゼントは何がいい?」
僕はストレートに聞いてみた。
欲しいものがあれば、それを贈るのに越したことはない。
(とは言うものの、ブランド品は勘弁してくれよ)
奈々子は多少考える素振りを見せたが、すでに心の中では決まっていたようだ。

「私ね、“銀河鉄道の夜”が欲しいな」
意味ありげな目付きでこちらを見ている。でも、それっきり、何も教えてくれなかった。

「“銀河鉄道の夜”って、一体なんだよ」
パソコンに問い掛けるかのように、“銀河鉄道の夜”で検索してみる。
大体、予想された検索結果が表示された。
どれも、奈々子の趣味や興味とは違う気がする。
(銀河・・・夜・・・だから、星?キラキラ・・・転じて、アクセサリー?)
「うーん、好きだったかなぁ・・・」
改めて、奈々子の普段の格好を思い出してみる。ヒカリもののイメージはまるでない。
それからも、ネット上で色々調べてみても、それらしいものは見つからなかった。
(素直に、本か写真集だろうか?)
「会社の女の子に聞いてみるか」
誕生日まで、あと2週間しかない。とにかく、早く結論を出さなければ。

(No.008-2へ続く)

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[No.007-2]せいじゅうろう

No.007-2

『せいじゅうろうって、このリラックマのこと?』
菜緒に返信した。
2、3日前から風邪で体調不良だった菜緒に、数日前に購入した同じリラックマの写メを送った。
『そうだよ!アニメからとったのさ!』
歓喜の声が聞こえそうな勢いのメールの文章だ 。
『早く風邪が治ればいいね、菜緒』
『ありがとう。今度逢う時は、せいじゅうろうのご対面だね!』

「何だよそれ、汚れてない?それに、随分くたびれてるし」
同僚が指摘する。
「これで、いいんだよ。これで」
(2年も経てば、汚れもするし傷みもする)
「俺のせいじゅうろうは、元気にしてるだろうか?」
目の前のせいじゅうろうに語りかけてみる。
「わて、こんなんやけど、向こうも幸せに暮らしてはるよ」
菜緒をまねて、一人芝居をしてみた。
本当に、そう言っているかのように、せいじゅうろうはくたびれた顔でこちらを見ている。

『で、アニメって、何のアニメなの?』
あの時、この話で盛り上がったのが懐かしい。

(No.007完)
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[No.007-1]せいじゅうろう

No.007-1

『あら、こんなところにも、せいじゅうろうがいてはる』
菜緒からメールの返事が届いた。
「なんだよ・・・せいじゅうろうって?」
(もしかして、これのことか?)

1週間前に菜緒に逢った時、ケータイに見たことがあるキャラクターがぶら下がっていた。
「これ、いいでしょう!」
菜緒は満面の笑みで、そのキャラクターを見せつける。
「これ・・・リラックマ、だっけ?」
「そうだよ!こんばんわ・・・わて、こんなんやけど・・・」
菜緒はリラックマを巧みに動かし“一人芝居”を始めた。時々、子供以上に子供の仕草を見せる時がある。

「そう言えば、カエルのぬいぐるみはどうしたの?」
「ご隠居さんは、うちで寝てるねん」
(あのカエルは“ご隠居”と言う名前だったんだ・・・)
以前は逢う度に、そのご隠居が菜緒の一人芝居の役者であった。
(リラックマの登場で隠居させたから、ご隠居なんだろうか?)

「俺も買おうかな」
あまりにも菜緒が楽しそうにリラックマをいじっているのを見て、つい口に出てしまった。

(No.007-2へ続く)

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[No.006-2]4つのシリウス

No.006-2

「あの星座は何だか分かるかい?」

雅宏は、唐突に夜空に一際輝く一つの星を指差した。
「もう!冗談言わないでよ。あんなの科学館に来る子供なら誰でも分かるわよ」
綾は、あまりにも簡単な質問に、半分怒ったような口調で答えた。
「おおいぬ座・・・シリウスだよ。私があなたに最初に教えたの、忘れた?」
「ちょっと・・・違うかな」
「違う・・・?」
「あの星座は“涙でぼやけた2つのシリウス”だよ」
雅宏はまじめに答えた。
「シリウスを教えてくれた時、綾は泣いていたよね?その時、僕は夜空じゃなくて綾の瞳に映るシリウスを見ていたんだ」
雅宏は思い出すように、ゆっくり話した。

「ちょっと・・・違うかな」
今度は綾が答えた。
「え!・・・違う・・・?」
さっきとは逆のパターンの会話が続く。

「あの星座は“未来に続く4つのシリウス”だよ」
綾もまじめに答えた。
「あの時、世界で二人だけが夜空を見上げていたような気がしてた。雅宏と私の4つの瞳だけが、シリウスを見ていたよ」

「あの時のシリウスは未来に続いたかい、綾?」
「うん。こうしてまたシリウスを見ている。これが答えだよ」

あの時と同じように、もう一度、4つの瞳にシリウスが輝いている。

(No.006完)
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[No.006-1]4つのシリウス

No.006-1

夜空には星が輝いていることを覚えているだろうか?

雅宏もそれを忘れていた。前を向いて生きることは、むしろポジィティブ志向として歓迎される。
ただ、前を向きすぎて見えなくなるものも多い。

「今日も綺麗ね」
綾は、夜空を見上げてつぶやいた。
雅宏と綾は市営の青少年科学館で知り合った。
姉の息子を科学館に連れて行った時、同じように綾も女の子の手を引いていた。知り合うきっかけは、その子供達が作った。

「そうだね。目線を少し上げるだけで星の輝きを見ることができるのに、人はそれを忘れてしまうよね」
雅宏も夜空を見上げる。
「そうね」
綾は短く答えた。
「綾はどうして、星が好きになったんだい?」
(そう言えば、聞いたことがなかったよな・・・)
雅宏は思い付きで頭に浮かんだセリフを口にして、綾の答えを待った。

「寂しかったのかな・・・?」

どれ位待っただろうか。綾は誰かに問いかけるように口を開いた。
「寂しかった?」
雅宏は思わず聞き返してしまった。意外な答えと言うより、彼女の知らない過去に触れたような気がしたからだ。

「う・そ・よ!もう、まじめな顔しないでよ」
綾はおもいっきりの笑顔で答えた。ただ、雅宏はそう思えない理由があった。

(No.006-2へ続く)

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[No.005-2]堕天使

No.005-2

「知ってるよ」
「えっ・・・」
「何となく気づいてた」
彼は笑顔でこちらを見た。
「愛ちゃんが、自分の過去を話し始めたころからね」
彼は続けた。
「生きていてくれて、ありがとう。それだけで十分だよ。他に何が必要なんだい?」
それっきり、彼は何も話さず、ただ黙って私を抱き寄せた。
頬に涙が落ちた・・・私より早く、彼の涙だった。

「私ね、堕天使なんだって」
「天使は天使でも、地に落ちた天使なんだよ。前の彼に言われた・・お前は・・・お前は堕天使だって・・・」
声が震えた。
過去の辛い経験がフラッシュバックして行く。

「生きる場所が変わっただけじゃないか・・・空を舞う天使が、地上に降りただけだよ」
彼は私を真っ直ぐの瞳でみつめた。
「例え、堕天使として地上に落ちたとしても、自分の足で歩き、そして生きている。そうだろう、愛?」
「うん」
私は小さくうなずいた。
「これからは二人で歩いていこう」
彼はまた笑顔を返してくれた。

(No.005完)
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[No.005-1]堕天使

No.005-1

「おまえは堕天使だよ」
前の彼は、私をこう呼んだ。結果的に、これが別れの言葉となった。

私が風俗嬢として、この世界に飛び込んでから、2年が経とうとしている。
両親は私が小さい頃に離婚した。それから母親は何度となく離婚と再婚を繰り返した。
産みの父親の記憶はない。

高校は経済的な理由で1年で中退し、その後、家を飛び出した。
様々な仕事をしながら、必死の思いで前向きに生きてきた。
でも、中学時代のいじめと母からの言われ無き虐待の記憶は、そう簡単に私を開放してくれなかった。
その苦しみから逃げるために、何度か手首を切った。
手首の傷もまた、今でも私を苦しめる。
それでも、通信制高校を卒業し、専門学校へ通った。
この頃、スカウトされモデルの仕事を始めた。ただ、学校に通いながら生活するためには、仕事は選べなかった。

「私、今はモデルじゃないの」

いつか彼に言わなきゃいけない言葉を今、口にした。
言い寄る男性は多かったが、本当の私を受け入れてくれる人は誰もいなかった。
私の仕事だけでなく、私自身を否定され、その度に別れを経験した。

(No.005-2に続く)

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